そんな方のために、今回は個人の趣味とは無関係に、ソロ演奏やアンサンブルの規範として参考にしたい音源をご紹介します。
聴き方の違いをコントロールする
音源を聴くときにはいくつかの耳の使い方があります。
・作品全体のイメージを掴むための参考音源として
・真似して表現の幅を広げる勉強として
・音楽性を身につけて耳を整えるために
・単純に鑑賞するために
・作業中に聞き流すBGMとして
・思い出を呼び起こすきっかけとして
など。
表現の幅を広げるために細部を真似ようと思って聴く時と、食事中のBGMを流し聴きする時は注意の向け方が全然違うでしょう。
例えば真似ようとするならクレッシェンドは何拍目のどの辺りからか、トリルの動き出しはどんな揺らぎがあるか、など細かく気にするもの。
でも食事中にBGMとして聴いているなら転調にさえ気付かないようなケースもあるかもしれません。
同じように参考音源としての聴き方と、耳を整えるための聴き方も分けて考える必要があります。
そういう注意の向け方のコントロールがソルフェージュのひとつの要素。
耳を整える聴き方をしたいとき、選ぶのは自分の専門ではない楽器がおすすめです。
その方が楽器の都合など考慮せず音楽の流れや細かい音の扱い方、コントロールの可能性を聴き取り学ぶことができるから。
この記事で聴くと良いとお勧めしている音源は、きっとこの記事を読んでいる方が専門楽器でこれから演奏するであろう曲ではないことが多いはず。
(テューバ奏者がバイオリンコンチェルトのソロパートはあまり演奏しないように)
音域によって出がちな音質のバラつきや音程特性などから離れて、音楽の運び方や全体を通したストーリー作り、発音や語尾など細部の処理の仕方を学び刺激にしていただけたらと思います。
演奏家あれこれ
ボロディン四重奏団
このアンサンブルは各楽器のバランスと音楽運びの推進力が低音にあること、発音の明確さなどがとても参考になります。
チェロが全体の中でどんな役割を担っているかに注意して聴いてみましょう。
一般的にアンサンブルでは1st奏者がリーダーでみんなを引っ張っていくようなイメージがあるかもしれませんが、それではそもそも発音に時間がかかる低音が置いて行かれて高音ばかり先に進んでるようなアンサンブルになってしまいがち。
それにハーモニーの土台は低音ですから、本当に上手なアンサンブルはチューニングも低い音からとって上に重ねていくもの。
歌い方の趣味などではなく、アンサンブル作りの規範として聴いておきたいグループです。
楽曲としては初めのうちチャイコフスキーなどは楽曲自体が複雑でアンサンブルの構造より歌い方などが気になってしまいがちなので、シンプルで明快な楽曲構造のハイドンやベートーベンの作品から入るのがおすすめです。
一回二回聴いても「ふーん、そうなんだ」で終わってしまい『知ってるだけで使えないただの知識』になってしまうことが多いので、お手元に置いておきたい方はCDを購入して何度も何度も繰り返し聴いてみましょう。
自分の趣味や実際に演奏する作品とは関係のない「規範となる演奏」を掃除中や車の中など流し聴きで良いのでこまめに触れることで耳を整えていくのはおすすめです。
そうすると頭に残って実際に自分がアンサンブルするときの基準レベルが上がっていきますよ!
一部だけyoutubeにあったのでサンプルのご紹介。
ヴァイオリン奏者/ダビット・オイストラフ
ハイフェッツやミルシュタインも教えたレオポルト・アウアーという名指導者に習った1908年生まれのロシアの奏者で、モスクワ音楽院で教えていて第二次大戦中も演奏活動をしていたヴァイオリニストです。
リズムや和声や解釈が素晴らしいというのはもちろんですが、一つ一つの音の取扱いが丁寧なのにすごくエネルギッシュで迫力もあり、どの作品もひとつひとつ違って全部の瞬間を活き活きと表現しています。
筆者も初めはソルフェージュを師事していた先生に音楽的な価値観を作るためと勧められて聴いたのですが、これはどんなものを聴いたり演奏したりするのにも基準として知っておく必要がある演奏だなと今でも感じます。
録音物はたくさん出ているのでオイストラフの演奏はもう手当たり次第に聴いても良いくらいだと思いますが、色々な時代の色々な作曲家の作品を収録しているこのセットはなんと17枚も一箱に入って一万円しないというものすごくお得なものなので、とにかく手元に置いておくのにうってつけだと思います。(価格は時期によって変動するようです)
こういうバランスが良くて教育的にも価値のある演奏は、毎日流し聴きするだけでも耳に馴染んでいって良い演奏が自分の当たり前になっていくので本当におすすめです。
アイデアを自分の表現の引き出しにストックするというだけでなく、音楽的価値観そのものを作るのに役に立つ音源だと思います。
フルート奏者/マルセル・モイーズ
CDも探せば見つかるでしょうが、絶版なのか中古しか見当たらず価格がとても釣り上げられているのでyoutubeリンクも併せてご紹介します。
昔はコンサートに行く以外はCDなどを買わなければ聴くことはできませんでしたが便利な時代になりましたね。
J.イベール/フルート協奏曲 1mov.
2mov.
3mov.
どんなに細かいパッセージでも全部の音がそれぞれの表情を持っていて説得力があるので、そういうポイントに注目してみてください。
歴史に残る巨匠なので当然と言えばそうですが、「無意味な音なんて一瞬も出していない!」と改めて感じさせられます。
聴いたものに左右されすぎてはいませんか?
ところでここで一つ、聴くものに頼りすぎてはいけないというお話を。
まだ音がイメージできていない新しい曲を譜読みするとき、まず最初に音源を探してはいませんか?
自分の表現や解釈の参考にするという意味なら、誰かの演奏を聴くというのはとても有意義です。
しかし自分がどう感じるか、どうやりたいのかというビジョンが全く無い段階では、聴いた演奏の抑揚や印象が強く残ってしまい、そちらに向かって方向付けられてしまうという面もあります。
もちろん影響を受けたいために聴くという場面ならその使い方は正しいでしょう。
でも、本当は自分で楽譜を読んで感じて解釈したいはずのことが、たまたま聴いた他人の演奏の印象に左右されてしまうとしたら、ちょっと考えてしまいませんか?
それを聴かなかったら自分でもっと違う風に演奏したかもしれない、そんなことが気づかないうちに起きているかもしれません。
それにすでに誰かが演奏した作品の再現だけでなく、あなた自身が新しい曲を初演するような機会だってあるでしょう。
誰かの演奏を参考にしないと音楽が作れないのでは、窮屈ですよね。
先人の記録として他人の演奏を聴くのは目的によっては大切なことですが、まずは自分で感じてみる、考えてみる。
それも音楽を楽しむ上で大切な要素のひとつですよ。
まとめ
趣味や娯楽のためではなく、自己教育として取り入れる情報を選べるのは大人ならではのこと。
こういう規範として捉えられるプレーヤーの演奏を、CDを買って覚えるくらい何度も繰り返し聴いてみることで、耳がリセットされて「この水準が当たり前」という状態に整えることができます。
無心に聴き続けていくと、現代社会に溢れる雑多な音の濁流の中から純粋な真水を探し出して飲むように耳と心が整っていきますよ。
個人的な趣味とは無関係に、音楽的な価値観を確立して耳を良くする助けになるものを今後も随時追加してご紹介していきます。
どうぞお楽しみに♪