ソロフレーズなどで歌心を持って旋律を歌おうとするとき、何だかグニャグニャした変な歌い方になってはいませんか?
録音して聴いてみても何かが変だとはわかっても、何がどう変なのか具体的には気づくのは難しいかもしれません。
これは日本語特有の言語習慣に影響されて問題に気づきにくくなっている面もあるようです。
英語やドイツ語に比べて日本語はあまり大きな声を出さない習慣があるため、強弱アクセントではなく音の高低で抑揚やアクセントなどを表現しがち。
何かグニャグニャした印象になるという方の歌い方を聴かせていただくと、音の変わる瞬間にこっそり小さなポルタメントを入れてることがとても多いです。
カラオケなどではそういう「しゃくり」や「フォール」など音程の揺らぎが入ると高得点になったりしますよね。
ところが西洋の音楽では、ポルタメントではなく音量による抑揚やアクセントがたくさん使われています。
有名奏者の録音などで聴いていた耳馴染みのある歌い方は、日本語の抑揚の付け方だけではちょっと上手くいかない。
それはニュアンスの付け方が違っているということが大きいようです。
でもわたしたちは日本語にとても慣れていますから、その抑揚が変だとは感じにくいもの。
海外有名奏者の抑揚とは何か違うとは感じても、普段の話すときや鼻歌を歌うときと同じで習慣的な抑揚なので違和感を持ちにくいのです。
アレクサンダーテクニークでは、新しいことは違和感があるから始めは正しい感じがせず、逆に慣れていることは目的のための手順としては間違っているとしてもなれているために正しく感じられてしまう、とよく言われます。
歌い方に関してもきっと同じでしょう。
本当に望ましい抑揚で演奏したら、それはわたしたちの耳には不慣れな抑揚なので間違った感じがする。
そしてぐにゃぐにゃした抑揚は何かが変だとは感じるけれど慣れているから正しい気がしてしまう。
だからこそ、本当に進みたい方向へ舵を切るというのは難しいのでしょう。
なかなか自分で気がつくのは難しいことではありますが、常識のように思って慣れてることを疑ってみるというのは問題解決のための良い手なのかもしれませんね。