普段はオケ曲ばかり演奏する人がふとジャズライブを聴いた時のような、不慣れで詳しくないことに接する場面。
そんな時に、どうしたらいいかわからなくなってしまうことは多いのではないでしょうか?
例えば普段クラシックしか演奏しない人にとっては、ジャズは意味不明でどこをどう楽しんだらいいかわからないかもしれません。
アドリブ音楽を専門にする方は、クラシックのニュアンス変化やゆらぎには不慣れだったりするでしょう。
結局わからないものは自分の知っている方法でしか触れられない、ということかもしれませんね。
それは知らないジャンルだけでなく絵画や彫刻など異分野のものも同じことが言えるでしょう。
小林秀雄さんの「考えるヒント」というエッセイ集に「ゴッホの絵を理解しようとする時に『ひまわりだ』と名前がわかったらもうそれをわかった気になって味わわない、それはもったいない」という言葉が載っています。
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知らないし慣れていないジャンルは、理解しようとしても理解の仕方がわからないのですから、わかろうとして触れるのはムダかもしれませんね。
小林秀雄さんのエッセイではさらに、「わかろうとせずただ味わう」ということがいかに大切で、また難しいかということが書かれています。
良い悪いを判断しようとしたり、何がどうなってるか分析したりということではなく、ただ聴く・ただ触れる。
そのときに自分の感覚や気持ちがどんな風に動くか、ただ観察をするというのは面白いものです。
これはボンヤリ流し見する・聴き流すのとは全然反対のことでしょう。
そういう姿勢で作品や演奏に触れると、「チャイコフスキーは好きだけどシェーンベルクはよくわからないから嫌い」などの単純で表面的な判断によって拒否してしまうことが減るのではないでしょうか。
その方がずっと楽しめることが増えていくので、きっと人生が何倍も面白くなるでしょうね。