「こんなイメージで・・」「ホースの先に例えると・・」などアンブシュアについての感覚的な指導はありがちですが、イマイチ伝わらないケースも多いでしょう。
アンブシュアは舌や歯など外から見えない口の中のことなので、どうしても伝える時には感覚的な表現になってしまいがち。
しかも口の中は特に個人差が大きいので、一つに絞れるような正解は存在しません。
それでも人体の仕組み上、どの楽器でも共通して言えることがいくつかあります。
今回はそんなアンブシュア関連のトピックをまとめました。
アンブシュアを作る筋肉
まず最初に取り上げる人体の仕組みとしての共通事項、それは唇はすぼまって閉じる働きをして、開く時はほっぺたなどの周辺の筋肉で引っ張られて開く、ということ。
唇を全体的にすぼめる、とがらすというのは口輪筋という口の周りに一周ぐるっと付いている筋肉です。
それから下唇を閉じる方向に持ち上げるのがオトガイ筋という、アゴの梅干しになる筋肉です。
唇を閉じておくために働けるのは、実はこのふたつだけ。
残りのほっぺたやアゴにあって唇に関係する筋肉は全部、横や上や下から唇を引っ張ることによって様々な調整をしています。
アパチュアを作るのも、リードをくわえるのも、息が漏れないように口を締めておくのも、すぼまって口を閉じる口輪筋。
これを適切に働かせる代わりに、左右から引っ張って上下からの閉じる圧力を増そうとすると、ほっぺたが疲れます。
管楽器奏者はほっぺた周辺と唇のいくつもの小さな引っ張り合いによるほんのわずかな動きで、マウスピースやリードへかかる圧力のバランスを変えて音色や発音をコントロールしています。
とはいえ、最初のセッティング段階で唇を閉じようとする動きを邪魔するようにほっぺた周辺で唇を引っ張り続けるのは、ムダにアンブシュアが疲れる原因の一つになってしまうこともあるもの。
またシングルリードの方に多い顎関節症は、本来唇で行うはずのリードへの圧迫を咬筋など歯を噛み締めるための筋肉で長年代用したときに起こりがち。
噛むから歯で唇が切れて、それを予防するために紙を巻く。
すると紙は響きを止めるので鳴りが悪くなる、だからさらに力んで噛む・・・という悪循環も。
まずは横から息が漏れないこと、必要なリードへの圧力やアパチュアが作れること、それができる程度に唇がすぼめられていれば充分です。
その上で、細かいコントロールについて考えて行きましょう。
どんな動作が必要でどんな動作が不必要か、一度整理してみると奏法がラクになるかもしれませんよ。
口角を上げるアンブシュア
アンブシュアについて、「口角を上げて」「笑ってるみたいに」など聞いたことがあるでしょうか。
アパチュアを作ったりリードを押し付けたりするためには唇の筋肉(口輪筋)が働いてすぼまっている必要があります。
前項で述べたように、この唇の筋肉はすぼまることが仕事であり、口にすぼまる以外の動きをさせるのはほっぺたなどのその他の筋肉です。(緑の矢印)
これだけ知ると
「こういう構造なら口角を上げるのは、唇を引っ張ってすぼまろうとする動きを邪魔するのか」
「それなら口角なんて構わず、単純に最適なすぼまり具合にすれば良いのでは?」
そう思うかもしれませんが、実際はそうではありません。
すぼめる動きだけをどんなに繊細に行おうとしても、その精度には限界があります。
音域や音色や出したい音程によって微細なコントロールをするのなら、単純に唇をすぼめるだけよりも口輪筋を外から引っ張り微調整することが役に立ちます。
「すぼめる」だけでなく「すぼめたり、引っ張ったり」と動きの選択肢が増えることで、コントロールできる方法が増え、さらに微細な操作ができるようになるのです。
例えば音を立てず静かにドアを閉めたい時。
単純にドアを閉める動きだけではバタン!と音が出てしまいます。
そういうときには単純に閉める動きだけでなく「開ける動き」を拮抗させながら閉めるスピードを調整するでしょう。
同じことで、わたしたち人間が精密なコントロールを行うには多少は拮抗した力があった方が精度が上がるのです。
とはいっても一方で「とにかく口角をあげる!」という動きを常に全力で行っていたら、精密なコントロールをするのは難しいと言わざるを得ません。
意味もなく口角を上げるために筋肉が使われていては、コントロールのためにその筋肉を使うことはできません。
その力に対抗してすぼまり続ける唇も無駄に疲れてしまうでしょう。
コントロールするというのは常に動き続けること。
ずっとどこかに力を入れ続けるというのはコントロールには不利になってしまうのです。
口が痛くなる原因と対処法
楽器を長時間吹いてると、バテるのとは別に唇が痛くなることがありますが、これにはどの楽器にも共通する原因が一つあるのです。
それは疲れると息の量と息の出口の狭さのバランスが変わってくること。
どの楽器でもアパチュアやリードとマウスピースの開きなど息と出口の広さのバランスが上手く取れている、というのが音を出すのに必要な要素でしょう。
息が少なすぎれば音にならないし、出口が広すぎても息のスピードが落ちるので発音しにくくなります。
このバランスのことはよくホースの先をつぶすイメージで例えられますね。
吹き始めは身体全体がフレッシュな状態なので、唇の筋肉も上手く使えていて息の出口を狭くしておけますし、たくさんの息を使うこともできます。
しかし疲れてきて息の量が減ったら、出口をより狭くしないと息のスピードが落ちて音にならなくなってしまいます。
つまり息が疲れてサボり始めると、唇などアンブシュア周りの筋肉は息のサボり分を補うためにより働かなきゃならないということ。
だからわたしたちは疲れると無意識に唇の締め付けや舌など、アンブシュアを狭くしてしまうのです。
そうなると次第に唇も疲れてきてバテに繋がったり、音程や音質にも影響が出てくるでしょう。
そして唇だけではアンブシュアを保てなくなったシングルリード奏者は、アゴと歯を使った噛む動きによってアンブシュアをキープしようとします。
物を食べるときには固い肉でも噛み切れる歯で、巻き込んだ下唇を強く噛んだら痛くなるのは当然でしょう。
さらに紙を歯に巻くことで痛みを緩和し続けていると、どんどん強く噛むようになっていくという悪循環が起き、ときにはこれが顎関節症に繋がる原因になってしまうことも。
反対に息がしっかりたっぷり流れ続けていたら、アンブシュアを保つために唇やアゴによる過度の締め付けに頼る必要はありません。
そしてそもそもの原因である息の吹き込みが疲れるかどうかは、筋肉や身体全体の使い方によって変わってきます。
口の痛みは口が原因でないこともあるということです。
とはいえ実際に何が原因で奏法に影響が出ているかはもちろん人それぞれ違うものであり一概には言えません。
自分自身の奏法についてもっと詳しく知りたい場合は、お近くの先生や音楽教室でレッスンを受けてみるのがいいでしょう。
おまけ:アンブシュアは真ん中が良い?
アンブシュアを確かめようと鏡を見ながら吹いた時に、マウスピースが顔の真ん中ではないところにあったりアパチュアが左右にズレてはいませんか?
発見してしまうと気になるし、そういう場合は真ん中に直してみようと試みる方も少なくないはず。
それでは自分以外の生徒さんなどでアンブシュアが真ん中でない人を見かけた時にはどうしていますか?
その人の歯並びや筋肉のバランスでベストな位置は変わってくるので「真ん中でないとダメだから直しなさい」なんてもちろん言いませんよね。
見た目の真ん中と身体構造上の本人が演奏しやすい位置は、ズレていることがとても多いです。
鏡で自分で真ん中にしてみようとしたことのある方ならわかるでしょうが、自分のしっくりくるポイント以外の位置で吹くと単にやりにくいだけでなく無理な力をかけたりするようになってしまいます。
身体構造上の演奏しやすいポジションになっていれば、見た目として真ん中であることには何の意味もないのです。
奏法がまだ安定していない中高生などは選択の仕方もまだわかっていないことも多いですから、「真ん中じゃないとダメだよ」なんていい加減な言葉に影響を受けて奏法を崩してしまったりします。
アンブシュアもアパチュアも、絶対に誰にでも「これが正解」という位置はありません。
気になったら専門家に動きを見てもらったり音を聴いてもらったりして判断したいものですね!