先日普段とは違うパソコンで書物をしていて、パソコンの反応スピードがいつもより遅いときに自分の首や身体を固めて行ってだんだん動きにくくなっていくことに気が付きました。
これって初見で追いつかない曲を演奏するときに起きることと似ているな、と思ったのでシェアします。
普段のではない反応の遅いパソコンを使う時、「次にこの操作をしよう!」という思考のスピードに対してパソコンがワンテンポ遅れて動くので、「更に次はこれ」と思ったときにはまだパソコンの動きの準備が出ていないのです。
一瞬待たされる間、次に行う動きについての意図があり、そこに「一拍待つ」という意図は含まれていません。
次にやろうとすることに対してパソコンに待たされている一瞬は、できることが無くなるのです。
できることは無いけど次の動作をする、というのは現実的に不可能な意図です。
人間の身体は現実的に出来ないことでもしようとしますが、不可能ことだと固まるようにできています。
初見演奏のときも全く同じ。
楽譜を読み取って指や息をコントロールして音にするという動作が思考スピードよりも遅ければ、もたついたり動作が突っかかったりします。(動作が遅い場合)
反対に思考スピードが遅くて身体が動作を引き起こすタイミングに間に合っていなければ、身体は何をしていいかよくわからないけど何かするという意図になってしまいます。(思考が遅い場合)
どちらにせよ混乱して固まるわけですね。
その動作ごとに身体に起きるのはほんの些細なこわばりでしかないかもしれませんが、小さな固まりとそれを力づくで動かすことを繰り返していくと疲労や不快感につながって大きくなっていきます。
慣れた曲の演奏と初見で疲れ方がちがうのは、脳みその働きが違うだけでなくて実際の動きにも違いが出ているからかもしれません。
初見に強いプロ奏者は思考スピードはとても速くて常に一歩先を見ていますが、動作をテンポに合わせて後から行うということも考慮に入れているので混乱したりはしません。
動作自体の意図は速いタイミングで持っていても、それを適切なタイミングまで発動しないということも演奏の動作プランに含まれているのです。
「何だかやりにくい」というときには思考と動作の意図を持つタイミングについて探求してみるのも興味深いですね。