巷で言われる良い奏法のポイントとして《脱力》というワードがよく登場します。
ですが「力を抜いて」とは言われてもピンとこない方は少なくないでしょう。
一体どこの力を抜くのか。
そもそも力を抜くってどういうことなのか。
脱力の実態があやふやなまま脱力奏法を目指してはみても、理想的な音や吹奏感が得られないことがほとんどです。
今回はそんな脱力奏法について考えてみましょう。
もくじ
脱力したら吹けなくなった
演奏のために身体の使い方を自分で探求し始めると、「力むことはいけないこと」と思い込んでしまうことはよくあります。
やがて演奏中にもどうやって脱力したらいいかばかり考えてしまって、結果ふにゃふにゃな弱々しい音しか出せない・・そんなことも起こりがち。
当たり前の話ですが、演奏をするというのはそもそも寝ている時よりは体力を使います。
楽器を落とさず持っているだけでも、結構色々な筋肉が働いています。
吹き込みのために内臓が動くように呼吸関連筋を操作するのなんて、はっきり言ってものすごく疲れる作業です。
それを疲れずに行うことは現実的に不可能。
必要以上の筋力を使って演奏しているのであれば、必要なだけの筋力を使うようになれば脱力したような感じがするかもしれません。
とはいえ、それは力を使わなくなったのではありません。
必要な力を使うようになった、というだけのことなのです。
試すまでもありませんが、全身すっかり脱力してしまって何の筋力も使わなければ、ろくに立ってることさえできないでしょう。
「脱力したら吹けなくなった」という方がたまにいらっしゃいますが、必要な力を使わなければ楽器演奏ができないのは当たり前なのです。
脱力が向く人と逆効果になる人
これまでにトンチンカンな方向に頑張りすぎて効果が出なかったというタイプの奏者にとっては、より効率的に動くために無駄なことをやめて必要なことだけをするというアイデアは身軽になったような気がするかもしれません。
場合によっては「何もやってないのにうまくいく!」という気分にさえなることも。
脱力が向いている⭕️のはこんな人
- 力みすぎて肩こりや腰痛がある
- 音が大きくて荒くなりがち
- 頑張っている割に遠鳴りしない
- 発音ミスはひっくり返りや爆発音、リードミスのパターンが多い
- 音楽には勢いと情熱が最も大切だと思っている
- フレーズ頭で自分だけ出損ねることが怖い
- 体格は良い方
反対にこれまでにあまり筋力やエネルギーを使わないために上手くいっていなかった奏者には、「もっとやって!踏み込んで!」というより力を使う方向のレッスンになることも多くあります。
筋力を使っていないために不具合があるのに、さらに力を使わないことを勧めても解決にはならず、むしろ問題が悪化するのはわかりきっています。
脱力が向いていない❌のはこんな人
- パワーがなくてすぐに疲れる
- 音抜けが悪くて埋もれがち
- 跳躍した音が綺麗に鳴らせず凸凹に聴こえる
- 発音ミスはかすれたり出損ねたりのパターンが多い
- 綺麗な音が最も重要だと思っている
- フレーズ頭で自分だけ飛び出すことが怖い
- 華奢な体格
「パワーがない」「音抜けが悪い」というのは脱力によって逆効果になることは明白ですが、離れた音が綺麗に並ばないのも実はパワー不足が原因のことが多いのです。
管楽器で跳躍進行をするためには、息の量を大きく変えなければなりません。
その息の圧力を変えるコントロールは、腹筋群の繊細でありつつもダイナミックな動きを要します。
それまでにやっていたことによって、「こんなにやらなくていいの?!」「こんなにやっていいの?!」という真逆の驚きに出会うことがあるのは興味深いものでしょう。
やりたいことによって対策が違うのはもちろん、どれくらいの力を使っていたのかによっても指導の方向性は変わってくるので、必ずどんな奏者にも脱力奏法が適しているとは言えないのです。
響きのためには脱力したほうが良い?
身体の使い心地だけでなく響きをコントロールするために脱力が求められることもありますが、これも効果は人と場合によります。
すでにしっかり鳴らせていて、さらに音質コントロールや音量の豊かさを目指したい場合には、無駄な力みを捨て去ることは有効。
土台となる『鳴り』がすでにある状態なら、それを増幅させるための響かせ方のコントロールが視野に入ってきます。
ですが反対にまだうまく鳴らしきれず、ヘロヘロヘナチョコな音の段階では共鳴させる以前のお話。
まずはしっかり鳴らして、それからどう共鳴させるかということを考える必要があります。
鳴っているものに掛け算したらもっと響くようにはなっても、全然鳴っていないものにいくら掛け算してもゼロのまま。
響かせるための土台となる『鳴り』を確保してからでないと、響かせるものがないのです。
その状態で脱力したらどうなってしまうでしょうか。
ますます弱々しく聴こえない音になるだけです。
「響きのためには脱力が大切」という言葉はよく言われますが、それは状況次第で真逆の効果を生んでしまうことも少なくありません。
演奏には脱力が役に立つ場合と逆効果になる場合があるということを知っておきましょう。
脱力が必要になる原因と解決策
脱力が必要になるケースでは、以下二つの原因が考えられます。
・必要な部位が必要な働きを行なっていない
・無駄な筋力を使い過ぎている
そしてそもそも目指す音楽に対して適切な力を使っていれば、わざわざそれ以上の力をかけてからそれを辞めるという二度手間をせずに済むはずです。
なぜ「力を抜かなければ」という発想が出てくるかというと、必要なことをせずに無駄なことをしているから。
最初から無駄なことはせず必要なことだけしていたら、そもそも脱力を目指す必要はありません。
脱力が必要がと感じた時には、まずはその原因を振り返って考えることがおすすめです。
次に脱力が必要になる原因と対処法を詳しく見ていきましょう。
必要な部位がきちんと働いていないケース
力みが生まれる原因として、目的の動作に対して必要な身体の部位が適切に働いていない場合があります。
そうなると目的の動作には繋がらないので、身体は他の部位でフォローして動作に繋げようとします。
ですが他の部位というのは本来目的の動作を引き起こす筋肉ではないので、狙った通りの反応にはなりません。
そこで狙った通りの反応にならないのは圧力不足だと判断してしまうと、さらなる圧力をかける方向に動きます。
それでも本来働くべき筋肉が働かず、本来働くべきでない筋肉が働いているので、当然目的の動作には繋がりません。
そしてさらに圧力を増す、という無限ループにはまり込むのです。
この場合、「脱力!」と思って力みを感じる部分をリリーズすれば、足りない圧力をまた別のどこかしらで作り出さなければなりません。
本来働くべき筋肉が適切に働かない限り、部位を変えて身体のどこかしらが仕事の肩代わりを続けるのです。
このループから抜け出すには、本来働くべき部位に適切に仕事をしてもらうしかありません。
サボりの肩代わり問題を解決するには?
目的の動作に対して適切な筋肉が働いているのかどうか。
これはどんな動きの時にどの筋肉が働くべきか、身体の仕組みを正しく知ることで解決できます。
あなたは指を動かす筋肉が指には存在しないことを知っていますか?
お腹の正面の筋肉(腹直筋)が働くと、音が飛ばなくなって側鳴りしがちであることを知っていますか?
本来の役割でない筋肉が仕事を肩代わりしている場合、どんなに努力をしても思ったような音は出ませんし、疲れやすくなります。
「こんなに頑張っているのに全然上達しない・・」
そう感じるなら身体の仕組みをきちんと学ぶか、またはアレクサンダーテクニークのレッスンを受けるなど専門家を頼ることが近道になりますよ。
無駄な筋力を使い過ぎるケース
無駄な力をかけてから力みを辞めようと脱力を目指すのは、明らかに無駄が多いと感じるでしょう。
では、どうして必要以上の力を使いたくなってしまうのでしょうか。
例えば、音を出すためにどれくらいの力が必要かわかってないことが原因のケースは多いもの。
発音ミスやコントロール不全を防ぐ安全策のために、息や指でやたらとたくさんの力を使ってしまうというのはあるあるです。
『大は小を兼ねる』という発想で、使う力が足りないリスクを回避するために余分に圧力をかけてしまうのです。
とっさに音を出さなければならないような場合、多少力みがあって吹き心地が苦しくても、音が出なくて入り損ねるよりはマシと考えるかもしれません。
フレーズの出だしが整っていないと下手くそに聴こえますから、気持ちはよくわかります。
また例えば大柄な男性が体力的に有り余る筋力を全部使って、全力で演奏動作に取り組もうとするような場合にも力の使いすぎは起こりがちです。
真剣に演奏動作を行おうという心意気は尊いものでしょう。
ですが楽器演奏の場合、過剰な圧力をかけてしまえば響きが殺されて鳴りにくくなってしまいます。
遠鳴りさせて豊かに響かせるためには、物理的に振動が伝わるだけの余地が楽器にも身体にも必要です。
振動を止めてしまうほどの筋力は音を邪魔するだけ。
演奏においては大は小を兼ねず、無駄な「大」はただの無駄なのです。
安全策や全力投球のつもりが逆に音楽を台無しにしないよう、適切な圧力を知っておくことが大切です。
力み過ぎ問題を解決するには?
必要以上の圧力をかける吹き方を習慣にしたくなければ、まずはかけるべき適切な圧力を知りましょう。
・どれくらい吹き込んだら音がきちんと鳴るのか
・どんな抑え具合なら運指が上手くいくのか
そういうことを普段の基礎練習やウォーミングアップのときに脳にインプットするのです。
そのためにはギリギリ上手く機能しないレベルがどのくらいの力の弱さなのかを体験すること。
機能していないレベルから徐々に力を加えていって、最小限の音として成り立つレベルに達するのがどこなのかを調べます。
日によって、気候によって、体調によって、最低限ラインは変動します。
ですが続けていくうちに、大体いつもこのあたりが最低限であるというラインが見えてきます。
あとは音質やニュアンスの必要に応じて、その最低ラインからどれくらい持ち上げて加圧するかを調節すればいいのです。
これを心がけていくと、無駄に力み過ぎたり、逆に力が足りなくて鳴らなかったりということは無くなっていきます。
このバランスを知っておくことは演奏表現の幅を劇的に広げます。
日々の練習にぜひ取り入れていってくださいね。
試してみよう!
必要なだけの力を使って演奏するって、実際どういうことなのでしょうか。
試しにテーブルや椅子など、身近にある普段重いと感じるものを持ち上げる動きで実験してみましょう。
【実験】
その1
「重そうだから力を込めて・・それ!」
というように一気に持ち上げてみます。
その時の重さや持ち上げ心地を覚えておいてください。
その2
「もしかしたら一瞬で重さが変わったかもしれない。今度はどれくらいの重さかな?」
と考えて重さを調べながら、ゆっくり持ち上げてみます。
【実験結果】
どんな違いがありましたか?
2回目の重さを調べながら持ち上げた時の方が軽く感じたのではないでしょうか。
楽器の演奏も同じことです。
音が出るための最低限以下の筋力を使ったのでは音は出ませんが、必要よりたくさんの力を使い続けるのも逆効果。
その日初めての音出しをする時に、あたり構わず無神経に吹きまくるのはやめましょう。
代わりに「どれくらい力を使うと音が出るかな?」「今日の会場はどれくらい響くだろう?」と調べながら少しずつ音を出してみると、最低限の筋力がどのくらいなのかを理解しやすくなります。
習慣的な音の出し方が大事な場面での音の出し方になっていきます。
丁寧な発音を基礎練のパターンに組み込んで、日によって部屋の響きによっての変化を観察していくと、だんだんコントロールの精度が上がっていきます。
合奏のときに不安でつい無駄に力を使い過ぎるなら、不安の原因は一人で静かに音を出せるチャンスに解決しておきたいものですね。
まとめ:自分に合うのかどうかが大切
アレクサンダーテクニークとは脱力法ではないので、アレクサンダーテクニーク教師は脱力をいかに行うかということを指導するわけではありません。
では何をするかと言いますと、受講者本人がやりたいことに対して適切な力を使うためにもっと良い動きやアイデアがあるかどうかを一緒に探求することです。
つまり無駄なく、より良く、必要な力を《使う方法》をお伝えしているのです。
また、脱力に限らず一般論として言われているアイデアは、人によって場合によっては逆効果になってしまうことも少なくありません。
どこかで情報を仕入れたとしても、奏法として取り入れる前に自分の演奏スタイルに役に立つのかどうかを改めて考えてみましょう。
何でもかんでも無検証に丸呑みせず自分で考えることはやはり大切ですよ。