コンサートで演奏家が着ているドレス、一見綺麗ですがただ美しければそれで良いというものではありません。
演奏動作の邪魔にならず身動きしやすいのは当然ですが、響きを止めて鳴らなくなるような衣装を選んではそれまでの練習が無駄になってしまいます。
演奏用の衣装は見た目だけでなく機能性がとても大切なもの。
ドレスだけでなく白黒衣装も含め、コンサート用の衣装を選ぶときのポイントをまとめてみました。
もくじ
履きなれない靴、着なれない服で響きが変わる
本番の時の衣装って普段は着ないかっちりしたきつめの服だったり履きなれなくてかたい靴だったりしないでしょうか。
そういういつもと違う着心地の服は、音色や吹き込みに結構影響するのです。
たとえばウエストを細くみせるデザインのドレスだったら、肋骨やお腹周りをぎゅうぎゅうに締め付けてしまうと息のコントロールはしにくくなってしまうでしょう。
同じようにどこかが痛い靴を履けば普段とは身体全体のバランスが変わってしまい、また痛みをこらえようと一見関係ないようなお腹や首で力んでしまうこともあります。
格好良く見せようとベルトを穴を普段よりひとつきつくしたら、お腹あたりで振動が伝わりにくくなってしまいますから、それだけでもいつもより鳴りにくい状態を作るのです。
そして本番の衣装は普段の練習の時には着ていませんから、突然本番だけでそのいつもと違う着心地の服や靴に適応する必要が出てきてしまいます。
本番前に一度着て吹いてみるのもいいかもしれませんが、購入するときに見た目のデザインだけでなく普段と着心地が変わらないというのをポイントにして衣装を選ぶのもひとつの手。
今回はそんな衣装選びのポイントを、身体の構造と響きの関係を踏まえつつ見ていきましょう。
身動きチェックポイント
ここからは具体的に身体の各部分の自由度がどうなのかをドレスのタイプを例に挙げつつ見ていきましょう。
腕が動きやすいかどうか
身体の自由度という面で、まずは腕周りがどうなってるか。
腕は楽器操作だけでなく、譜めくりやスワブ通しのスムーズさなどにも関わります。
肩回りに色々飾りがあると腕が動きにくくなってしまうので、オフショルダーのデザインは要注意です。
演奏中の動きで肩デザインがずり上がったりしても直す暇はないでしょう。
そんなことを気にしながら腕や肩を不自由にさせておくと、呼吸が不自由になって音量ダウンの原因になりかねません。
脚まわりの可動性はどうか
それから、マーメイドラインなど胴体にピッタリとフィットする窮屈なデザインは、背骨や股関節の動きが悪くなり音が硬くキンキンしたり遠鳴りしにくくなってしまうことも。
ピッタリフィットするドレスは美しいですが、演奏は結構激しい運動でもあるので、ドレスの中で足を開いたりしても問題ないデザインが楽で演奏しやすいです。
また、関係ないと思いがちかもしれませんが、足捌きが悪くて裾を踏んでしまうような長すぎるドレスもやめておきましょう。
con fuocoの場面でパワーを使おうと思って足を踏み込んだら、うっかり裾を引っ掛けてしまい胸元がずり落ちそうになる、というのは面倒臭いもの。
お辞儀をしたり、振り返ってアインザッツを合わせたり、椅子からの立ち座りをしたりなど、実際に着てみて動きに不自由がないかどうか試してから購入したいものですね。
呼吸がしやすいこと
そして何と言っても管楽器奏者にとって最重要のポイントは呼吸が楽であること。
歌い手さんでは「ドレスは腰で着る」という人もいるくらい、肋骨回りの自由度が高いことは大切なポイントです。
なので、肩ヒモがあるまたは胴回りが伸縮素材であることがドレス選択の条件になります。
ゴムやベルトで肋骨を圧迫してずり下がってこないようにするきつめな構造のドレスでは、肋骨が動けず呼吸が不自由になってしまいます。
コンプレックスを隠してくれるかどうか
演奏中はコンプレックスを隠すことではなく音楽に集中したいもの。
ピッタリしたドレスでぽっこりお腹がバレないようにお腹を引っ込め続ける、二の腕が揺れないようにあまり動かないようにする、そんなことを考えなくて済むようなデザインかどうかも大切です。
大袈裟なお姫様ドレスでなくても、小さなパニエの入ったドレスはお腹周りに密着しないので、呼吸が楽で足捌きも良く、食後でもお腹が気になることもなく、多少足を開いて座っても問題なく、脚長効果もあってオススメです。
全体的に動きやすく、服が気にならないということは大切なポイントですね。
浴衣や着物のときは?
演目や現場によっては和装を求められることもありますが、着物や浴衣を衣装にするなら通常の着付けでは演奏できません。
着付けのアレンジ技術を持った方に着させてもらわない限り、和服は帯をきつく締めなければ動いたときにはだけてしまい、逆にきつくしっかり締めるとたっぷり息が吸えなくなってしまいます。
そういう場面では腰紐を太めのゴム素材にしてゆったり締めたり、腹巻やクリップやマジックテープなどを駆使してお腹・肋骨周りを締め付けないよう工夫しつつ、着物らしく見えるよう着付けることが多いです。
また黒いドレスの上から着物を羽織るスタイルで和洋折衷な着方にしたり、
切らずに着付けでドレス風に見せる工夫をしたりなど、アレンジすることが多いです。
「オリエンタル和装」という着物を切らずにドレス風に着付けるアレンジも登場したりなど、この頃は和風な衣装にも選択肢が増えて楽しいものですね。
演奏用の和装についてはお友達の結婚式で祝奏するときなど、参考にしていただけたら幸いです。
使いまわしでコストダウン
そしてもうひとつ大切なポイントは使い回せるデザインであること。
演奏者にとって衣装やドレスは特別な機会にしか着ないというものではなく、本番の度ごとにたくさん使いまわすもの。
ペラペラの安物なら2万円程度から買えますが、長く使えるしっかりした作りなら20万円する高価なものも珍しくありません。
それなのに大きな柄があったり、形が特徴的だったりなどインパクトのあるデザインでは出費がかさみます。
数年に一度のリサイタルなどで思い切ったデザインにするのは素敵ですが、使いまわしたければ「去年のコンサートで着たから今年は着られない」「ソリストではなくテュッティパートなのに目立ちすぎる」というドレスでは困ります。
やはりアレンジしやすくて扱いやすいのは無地でしょう。
色も使い回しを考えて
使いまわすという意味では、周りの奏者とのバランスが取りやすい色であることも大切。
コンセプトのある演奏会では
・暖色系
・寒色系
・パステル系
・クリスマスカラー
などが指定されることの多いパターンですが、例えば淡めなピンクなら暖色系とパステル系には一着で対応できるでしょう。
他にもオフホワイトならパステル系とクリスマスカラー2つに一着で対応出来ます。
赤ならクリスマスカラーと暖色系として使えるでしょう。
他の人とのバランスが取りやすいという点で筆者が重宝してるのはブロンズ色のドレス。
これならたいていの色とは一緒になっても大丈夫であり、強烈な印象ということもなくアクセサリーなど小物アレンジで印象を変えられるので便利です。
メンテナンスしやすいこと
ドレスはいちいちクリーニングに出すのも手間だしお金もかかるもの。
とはいえクリーニングに出さないで洗濯機でガラガラ洗えるものも結構あるのです。
某高級ドレスメーカーで割とありがちですが、ラメをあしらっていたり、装飾の固定に接着剤を使っているものはクリーニングにも出せないことがあるので要注意。
(筆者はクリーニング店で受付の際、「ラメは取れてしまいますが良いですか?」と確認されたことがあります。了承しましたが案の定せっかく気に入っていたラメは激減して返ってきました)
飾りは刺繍や、スパンコール・ビーズ等の縫い付けになっているものが扱いやすいです。
「自宅でなら手洗い?」と思うかもしれませんが、表裏をひっくり返して大きめのネットに入れ、家庭用洗濯機の「ホームクリーニングモード」「おしゃれ着洗いモード」で洗えば、ほとんど縮むこともありません。
乾燥は流石に乾燥機では生地が溶けたりシワになったりしてしまうので、日陰干しがいいでしょう。
ごくたまに「もう数回使ってからクリーニングに出す」という奏者もいますが、演奏は結構汗をかく仕事なので衛生面とニオイが気になるのでは・・と心配になってしまいます。
目障りでないこと
それからお客さま目線で目障りでないことも大切です。
例えば胸元が大きく開いていたら、お客さんが女性でも揺れ動くものに目が行ってしまうので、正直演奏どころではなく気になってしまいます。
同じことで脚がやたらと露出していたり、際どくパンツが見えそう、というのも音楽に集中することを妨げてしまうでしょう。
見た目で注意を引いてから演奏にも興味を持ってもらう、というマーケティング戦略としてなら良いアイデアですが、はじめから演奏に集中して欲しいなら逆効果。
また、レクイエムを演奏するのにフリフリピンクなど曲想に合っていないドレスも目障りです。
あくまでも衣装は演奏をより味わうための付け合わせ。
メインは音楽であることを忘れないでおきたいものですね。
本当はパジャマがベスト
本番の衣装を普段から着慣れているという方は少ないでしょう。
でもわたしたちは普段着で楽器を吹くことに慣れているし、なんなら人生で一番たくさん着る服はパジャマです。
ヨレヨレボロボロになるまで徹底的に着倒したパジャマは最高に快適で、楽な服で演奏するのがベストなのであれば本番でこそパジャマを着たいくらいです。
ですがたまにしか着ない、全然慣れていない服を大事な本番で着ることになるのが現実。
そして音質は物理的な振動であり、身体や会場にどんな風に伝わるかで響き方は変わります。
肩周りの動きやすさやウエスト、肋骨周りの柔軟性やベルトの硬さ、そんな衣装の事情によって音質は全く変わってくるのです。
ということはいい加減な服を着て演奏するというのは、自分の出す音をコントロールしようとせずどうでもいい吹き方をするのと同じ。
シビアな現場にいる人ほど、音質や響かせ方には気を配ります。
そして音質に影響の大きな身に付けるものにもこだわるもの。
その方が音が良く音楽に集中できるという理由で、ステージでは靴を履かないヴァイオリン奏者もいるくらいです。
もちろん名演奏家はどんな会場でどんな楽器でもいい演奏をするでしょう。
それはどんな場面でも的確な音質のコントロールをできるから。
決して「気にしていないから」ではないのです。
衣装や響きのコントロールがストレスにならないとしたら、気にならないくらい精密なコントロールをするのが当たり前になっている、ということ。
それならそこまでコントロールの精度が高くないわたしたちはより注意深く耳を使う必要があるし、少しでも音を損ねる可能性のある慣れない窮屈な衣装は選ばない、という工夫をするのが本当です。
身体を締めつけて呼吸が不自由になってしまったり、腕や肩や足が動きにくいような服を選ばないなら、もしかしたら演奏する上ではパジャマが一番かもしれません。
現実的にそうはいかなくてもわたしたち演奏者にとって音色は命。
衣装で音質が変わることに無頓着でいたくないものですね。