気になるトラブルの大元の原因に姿勢が関係しているというのは珍しいことではありません。
今回は「ベルアップしても鳴らない」「指がうまく動かない」などありがちな姿勢に起因するトラブルと、それらの対処法を考えていきましょう。
ベルアップして鳴らなくなる仕組み
大きな音を出すときやソロのときなど、ベルアップのように胸をはって背中を反らす動きをしている奏者を見たことがあるでしょう。
単純に音量を上げるという目的の場合もあるし、姿勢を良くして見た目にもソロをやっていることをアピールするという目的の場合もありますね。
実はこれ、「ソロをやってます」という見た目のアピールとしては良いアイデアですが、音量アップについてはあまり有効な手段ではありません。
なぜかというと、人体の骨格構造として胸を反らすという動きは起きにくい設計になっているから。
写真の矢印のところを見てわかるように、背骨には反りすぎないためのストッパーのような形の骨(棘突起)があるので、そもそも背中を反らそうとすること自体に無理があるのです。
それでもむりやり反ろうとすると、背中側のいくつもの筋肉が上体を引っ張ってその動きを引き起こそうとします。
でもその胸を反らすための筋肉が頑張っていると、ブレスのときには柔らかく膨らみたい部分がすでに力んで固まってしまい、動きにくくなってしまいます。
この胸反らしのための筋肉は息を吐くときにきちんと働けば吹込みのパワーになるのに、姿勢調整のためにすでに働いていれば吹込みのためには使いにくくなってしまいます。
つまり、胸を反らしているとあまり吸えないし吹き込みもしにくくなるというわけ。
大きな音を出すためにはたくさんの息を使う必要があるのに、逆効果になってしまいます。
中高生によく見かけるこの動き、やめることで豊かに鳴り出したりするので、レッスンをする機会のある方は覚えておくと良いかもしれません。
姿勢は音に大きな影響があるものですね。
指の不具合の原因は姿勢かもしれない
指がうまくいかないのは指のせい、タンギングが変なのは舌のせい、そんな風にわたしたちは上手くいかないことの原因は上手く行ってない部分にあると思いがち。
でもこれらのお悩みは息が原因のことが多く、またそもそも息が不自由になりがちな姿勢が原因だったりということも少なくありません。
問題の起きてる箇所に原因がないということもよくあるのです。
アレクサンダーテクニークの創始者であるF.Mアレクサンダーさんが著書の中で述べていることに「症状を原因として考えるのは間違いである」という言葉があります。
不具合が起きてるという事実は目に見える結果であって、その原因が別のところに隠れているというのは実はよくあること。
目の前の不具合は問題の本体ではないことも多いのです。
だから目に見える部分だけを何とかしようとしても、無駄だったり反対に別の不具合を生み出したりしてしまうことも。
例えば、腕が不自由になる立ち方が原因で指の動きが悪くなっているのに、その原因が特定できず指の筋トレをはじめたりした場合。
関係のない筋トレで負荷をかけて逆に指の筋を痛めてしまっては困るでしょう。
だからアレクサンダーテクニークのレッスンでは、まずその人の全体の使い方がどうなっているのかというところに着目します。
身体全体がやりたい動きに対して有利な使い方をされているのか、それとも何か邪魔になる使い方をしてしまっているのかを見て、また本人がやりたいことや目標をヒアリングして、どこにどんなアプローチをするか決めるのです。
問題が起きている箇所だけでなく、身体全体の動きに注目してみるのはおすすめのレッスン方法です。
「背筋まっすぐ」だと鳴らない
「人前に出るんならシャンとして見えるように背筋をまっすぐ!」
無意識でもそう思って演奏しているケースは少なくないでしょう。
でも本当は背筋がまっすぐでない方が演奏に都合が良いのです。
と言われてもピンとこない方は実際に音を出しながら音質や吹き心地を比べてみましょう。
1、背中をまっすぐになるようにピンとして一音だけ吹いてみます。
その音と息の具合と吹き心地を覚えておいてくださいね。
では次に。
2、だるだるグダグダのどうでもいい姿勢でさっきと同じ音を吹いてみましょう。
1のときと比べてどんな風に違ったでしょうか。
意外にどうでもいい姿勢の方が良い音がしたような気はしませんでしたか?
そもそも人間の背骨は構造上まっすぐではありません。(青のラインが背骨のカーヴです)
それを無理にまっすぐにしようとするとムダに反ったり力んだりしてしまいます。
力んでいればせっかく身体にも響いて振動してる音を止めて、わざわざ鳴りにくい状態を作ってるようなもの。
背骨はカーヴしてるのが本来の身体の仕組みです。
それをわざわざ邪魔しても良い音にはなりません。
音の響きを犠牲にしても姿勢を良くしてかっこよく見せたい宣材写真を撮影する時などは、好きなだけ背筋を真っ直ぐにしても良いでしょうが、演奏をする時にはその姿勢は有利には働きません。
その時々の目的によって、身体の使い方を変え適切な動きを選択したいものですね。
気をつけの姿勢で吹きにくい理由
良い姿勢というのは「気をつけ!」に代表されるような背筋まっすぐ的なものではありません。
「気をつけ」の姿勢というのは、ブレスの邪魔をしてしまう側面もあるのです。
一体どういうことなのでしょうか。
これは胸を張ったり、肩甲骨を含めた腕構造を後ろに引っ張ったり、ムダに腰を反らしたりなど色々余計なことをしてしまうと、呼吸が不自由になってしまうという人体の仕組みがあるからです。
具体的には、代表的な腕を後ろに引っ張る大きな筋肉は広背筋と言って、背中を広く覆っています。
この筋肉が収縮していると息を吸い込むときに動きたい肋骨や胴体の脹らみを制限してしまうのです。
また、腰を必要以上に反らすこともブレスの邪魔をしてしまいます。
腰を反るということは上体が後ろへ重心を傾けるということになり、そのままだと後ろへひっくり返ってしまいます。
ひっくり返らないようにするには、どこかの筋肉が働いて重心を引っ張り戻さなければなりません。
このときに重心を引っ張り戻すのがお腹の側についてる複数の筋肉群。
この腹筋群は息を吸うときには、体全体のふくらみを邪魔しないように柔らかく緩んでいたい筋肉です。
ゆるんでいたいときに上体を引っ張り戻すというお仕事をすでにしていては、縮んでこわばっている状態なので呼吸の邪魔になってしまいます。
そして息を吐くときは胴体回りの筋肉が柔軟に働いて息を外へ送り出したいもの。
しかし、その胴体回りのお腹の筋肉はすでに上体のバランスを引き戻すということをして働いているわけですから、息を吐くために充分作用することができません。
こういう仕組みで「腰を必要以上に反ると吹きにくいし吸いにくい」ということが起こります。
一見関係なさそうな動作がお互いに関連しているというのは興味深いものですね。
試しに吹きながら反ってみたりやめたり、腕を後ろに引っ張ったり戻したりして音の違いや吹奏感の違いを比べてみるとおもしろいですよ!
上手く行った姿勢を再現できない
ここまで姿勢について書いてきましたが最後に一つ。
「レッスンのときにやったあの姿勢、すごく上手く行ったんだけれど家で試してみたらうまくいかない。なぜだろう?」
そんなケースについて考えてみましょう。
上手くいったことを再現できない場合、目的の姿勢になる前に無意識で行っている動作が、その後の動きやすさを決定付けているということはよくあります。
姿勢というのは動きの中で存在しているものです。
全然身体を動かさないのに姿勢だけ変わるなんてことはありえませんから。
作りたい姿勢になるまでにどういう質の動きをしているかで、すでにパフォーマンスに影響する変化が起きているのです。
その過程を素通りして出来上がった姿勢だけに着目してもあまり意味がないしトンチンカン。
レッスンのときに上手くいったあの姿勢は、どういう意図を持ってどんな動き方で作りましたか?
家で再現するときにその意図を持って、また動きの質にも注意を払ってみましたか?
再現したいのは上手く行った記憶のある「あのときの感じ」「あのときの形」ではありません。
「あのときの意図と手順」です。
今度のレッスンでは形としての姿勢ではなく、そのときの手順と意図に注意を払ってみると持ち帰ることのできるアイデアが段違いに増えるかもしれませんよ。