「運指をスムーズにしたい」「速いパッセージを鮮やかに演奏したい」そう思っているのに指の動きがなかなかうまくいかないのにはいくつかの原因が考えられます。
怪我や故障でなくても小さな勘違いが指の不自由さを招いていることもあるので、今回はそういう視点から楽器や身体の構造と使い方について解説してみます。
もくじ
指がバラバラしてレガートにならない
レガートをきれいにかけたいとき、指は音が変わる瞬間に動かさなければきれいに次の音にはレガートで行けないもの。
それはわかっていても指がバラバラっとして違う音が混じってしまうような場合、一体何が原因なのでしょうか。
実は複数のキーを同時に操作するときは、関連する指を同時に動かしたらダメなのです。
なぜかというと、キーの重さや長さで操作スピードはそれぞれ違うものだから。
おまけにわたしたちの指自体もそれぞれ強さや反応スピードは違っています。
同じタイミングで押しても短くて軽いいキーは反応が速く、長くて重いキーは反応が遅いもの。
全部を同じ強さで同じタイミングでと思いながら動かしたら、バラバラっとなるのは当たり前です。
楽器の操作にすっかり慣れて構造もよく知っている奏者は、その微妙な反応スピードの違いをいちいち考えたり確認しなくても無意識にコントロールして演奏しています。
でも始めたばかりの初心者はそうはいきません。
複数のキーを同時に作用させるためには同時に同じ力をかければいい、と思っていることがほとんど。
例えば木管楽器で「レ」から「ファ」にレガートで行きたいのに「ミ」が混ざってしまうような場合、(リコーダーの運指でイメージしてくださいね)中指を早めにあげてみる、というアイデアでバラつきが解消されたりします。
運指のタイミングがずれたり違う音に行く時にかすれたりするのは必ずしも指の筋力など機能の問題ではないのです。
レッスン風景:運指の力点と作用点
ではここで、クラリネットの生徒さんとの実際のレッスンのひとコマをご紹介します。
クラリネットを始めて一年ほどのこの日の生徒さんは小指でのたくさんのキーの操作にまだ少し不慣れです。
前の音から次の音にレガートで移るとき、なかなかスムーズにいかなくて音がかすれてしまったり発音できなかったり。
この日のテーマは「ミ〜ド」がレガートで吹けるようになること。
このときは指が複数のキーを上手く同時に操作できていないことが原因のひとつでしたが、指の操作のタイミングが問題であることはわかっていたそうです。
そこでひとつ提案をしました。
「指でキーを操作した結果としてどのトーンホールが開いて逆にどのトーンホールが閉まるのか一度目で見て確認してみましょう」
クラリネットの右薬指はトーンホールを指で直接開け閉めしますが、薬指のすぐ隣にある小指はキーの先についたタンポがトーンホールを開け閉めします。
ほんの少しの差ですが、薬指は力点と作用点が一緒なのに小指は力点と作用点が別々なので、完全に同時に指を動かすとトーンホールに作用するのにほんの少しの時差が生まれます。
そのため小指のトーンホールの塞がりがほんのちょっとだけ遅くなってしまうのです。
そしてそのほんの少しの塞がりきらない瞬間にかすれた音が出ていたのでした。
先ほどの生徒さん、小指が薬指よりも気持ち早く動き出す必要があることを確認してもう一度やってみたら・・
ちゃんと音が移り変わってレガートになりました!
このレッスンでは引き起こしたいことにどんな動きが必要なのかを整理しただけです。
指に問題があるわけではありませんでした。
レッスンをする機会がある場合は、演奏に慣れている人の感覚と始めたばかりの人の感覚は違うということを頭に入れておきたいですね!
そもそも指が動きにくい
次に、特に指に怪我をしているわけでも不具合があるわけでもないのになぜが思ったように動かないという場合。
人間の身体は軸に近いところが無駄に力んで固まるほど末端の動きが悪くなるそうです。
「指が何だか動きにくいな」と感じるとき、手首や肘や腕など指よりも軸に近い関節を固めていることがひとつの原因かもしれません。
(たとえば腕を固めるというのは、腕に関係するいくつかの関節を動かないように固定しているという意味です。)
意識的にでも無意識にでも動かないようにしている部分があるのなら「動いてはいけない」という身体への指示が脳から出ているので、「指だけ動け!」というのは身体全体を見ると矛盾した指示になってしまいます。
脳からの指示が混乱していたら、わけのわからない不具合が起きても自然なこと。
とはいえ「固める」という動作がどういうものなのかピンとこない方も多いでしょうから、実際にやってみましょう!
やってみよう!:固めるという動作
1、「腕を肘から曲げる」という動きをやってみましょう。
どこの筋肉が働いたかわかりますか?
何となくでいいのでどのあたりが働いていたか覚えておきましょう。
2、次は反対に腕を伸ばす動きをしてみます。
今度はどこの筋肉が働いたでしょうか。
それも何となくでいいので覚えておきましょう。
3、それができたら今度は二つを同時に「腕を曲げながら伸ばす」という動きをやってみましょう。
曲げる時に働いた筋肉と伸ばす時に働いた筋肉の両方を使うのです。
どうですか?できましたか?
腕の筋肉も曲げる筋肉と伸ばす筋肉それぞれが働いたら拮抗しあって動きにくくなるでしょう。
これが腕を動かないようにする時に働いている力であり、固めるということ。
ではそのまま指を動かしてみたらどう感じるしょうか。
当然ながら動きにくいですよね。
こういう固めや筋肉の強張りが起きていると、身体の末端(指先など)に近づくにつれて影響は大きく出るそうです。
もしかしたら他にもあちこちでこういうことが起きて、慢性的な不具合に繋がっているということもあるかもしれませんね。
連符が綺麗に並ばない
細かいパッセージで指がもつれて困るという人が実はやらないことが多いのは、音名を口に出してまたは頭の中でインテンポで読む練習。
たとえばこんな楽譜を見た時。
何となく上がったり下ったりな音型ではありますが、指を順番に離して押さえて・・だけでは書いてある通りには演奏できません。
次が何の音なのかシャープフラットはついているのかどうか、それがあやふやでは演奏しようがないでしょう。
こういう場合はまず頭の中で音を整理することが必要です。
そして「わかったつもり」ではなく本当に整理されているかどうか確かめる方法が声に出して読んでみること。
音程付きで歌えなくてもいいので、まずは読んでみましょう。
読みながら引っかかったり間違えたりしたところは、わかったつもりだったけどわかってなかったところ。
どこがあやふやだったかそれではっきりするわけです。
こんなあやふやな音の認識で吹いていたら、もつれてしまうのも頷けます。
これは指の問題でなく音を認識するソルフェージュの問題。
きちんと体系的にトレーニングを受けてきていてソルフェージュ力がついているプロ奏者などは、吹きながらこの作業ができるので初見が速く見えるのです。
そしてソルフェージュというのは、階名や音程を把握する力だけでなく、指や息の準備のことも含むのです。
指のソルフェージュ
複雑なパッセージは一般的なソルフェージュとして頭の中で音を認識しただけでは演奏できません。
声に出して読むことができたら次のステップ。
音読しながら指を動かしてみましょう。
同じ「ミ」でもナチュラルなのかフラットなのかシャープなのかで全く違うでしょう。
ここでもつっかえたり引っかかる場所があったら、それもまだ音をちゃんとわかっていなかった証拠。
これも指の機能の問題ではなくソルフェージュの問題です。
指をどう動かすのかという脳からの司令を明確にすることは、演奏のためにやっておきたい準備のひとつ。
これは指の関わるソルフェージュ能力ということができます。
息のソルフェージュ
音を声に出して読めて指の動きもクリアできたら、すぐに楽器を吹こうと思ってはいけません。
今度は吹き込むときの各音に必要な息やアンブシュアなどの違いをイメージしながら、取り組んでいるパッセージをもう一度声に出して読んでみましょう。
これが出来ていないと指だけ変えても音はキレイに揃わずデコボコになります。
そしてこの各音の吹き込み具合のコントロールについてちゃんとわかっていることもソルフェージュなのです!
ここまでの作業がクリアできたら実際に音を出してフレーズを吹いてみましょう。
ここまでのことを事前にちゃんとできていたなら別段なにも問題なくスムーズに吹けるはずです。
「このフレーズを吹く!」と固く決意してるだけで実際に何の音をどんな指で息でアンブシュアで吹くかを偶然任せにしていたら、もつれるのは当然の結果です。
あなたはそんな吹き方をしていませんよね?
ちなみにこのフレーズはボロディンのダッタン人の踊りからヴァイオリンのパートでした。
ソルフェージュができることは楽器で音を出す練習の時間を大幅に短縮してくれますよ!
指だけ動かすことはできない
演奏のために指を動かすとき、実際には動いてるのは指だけではありません。
指を動かすためには全身のあちこちの筋肉や関節がうまく協調しあって良いバランスを作っています。
演奏のためには自分の全体が勝手にそれぞれ協力して動くものですが、もしも「指だけ動かす」という意図があると指以外の動きを固めて止めてしまったり、指のために必要な腕や胴体の動きを使わなくなってしまったり、ということもよく起きます。
アレクサンダーテクニークのレッスンで「指の動きを改善したい」という生徒さんからのリクエストに「脚の動きを変えてみましょう」なんてアプローチをされると、それで指の具合が良くなっても煙に巻かれたような不思議な感じがするかもしれません。
そういうとき、動きの専門家は結果的に指に影響が出る何をどこで行っているか、または必要なことをサボっていないか、というところに着目しています。
問題のあるところに必ずしも原因もあるとは限らないのです。
また、身体をコントロールするための演奏に関わる脳からの指令は、ほぼ全てソルフェージュの問題。
ソルフェージュは楽器コントロールの前に必要な「何をしたいのかという意図」をはっきりさせるものです。
身体の動きを引き起こす起点であるソルフェージュ無しに、楽器のコントロールがうまくいくということはありえません。
何か気になる動作をするときには、気になる場所以外の思考も身体も全部含めて考えてみるといいですよ!