「ブレスのことを先輩から指摘されて気を付けるようにしていたらどんどん吹きにくくなっていき、ブレスがしにくくなってしまいました。ブレスのときにはどんなことに気を付けたらいいのでしょうか」
というご質問をよくいただきます。
今回は呼吸と横隔膜について、構造と使い方を見ていきましょう。
生命維持のついでの管楽器演奏
演奏のためのブレス、これは人間の呼吸のシステムを使うわけですが、人間の呼吸システムはそもそも楽器演奏のために発達してきたわけではありません。
酸素を取り込んで全身に供給する生命維持のためのシステム、それをわたしたち管楽器奏者は楽器演奏に使っています。
そもそもの機能である生命維持のための動きを邪魔してしまっては、呼吸は上手く機能しせず、身体のあちこちが固まったり苦しくなったりします。
そうなると呼吸のついでに行ってる楽器演奏も上手くはいかないでしょう。
まずは生きている限り勝手に反射として起きる呼吸の動きを邪魔しないこと。
そしてよりたくさんそのシステムを働かせたければ、身体の仕組みに沿ってそれを拡大していくこと。
これを頭に置いておきましょう。
具体的に長いフレーズの前のブレスでは、人体に備わっているたくさん吐いた後にはたくさん空気が入ってくる仕組みを活用します。
吐いて→吸って→吐いて→吸って
という自然のリズムを邪魔して、ちっとも吐かないのに「とにかく吸う!」なんてことをしようとしても上手くはいきません。
そもそもの仕組みを活用するよう心掛けましょう。
空気は吸い込めない
「頑張って息を吸い込もうとしているけれど、なかなか素早くブレスができない」
という場合に知っておきたいこと、それはブレスというのは肺の内外にある気圧の差を利用して引き起こす物理現象だということ。
肋骨や横隔膜が空気が入るよう肺を広くする動きをしたときに、肺の中の気圧と外の気圧には差が出ます。
そして気圧の高い外から気圧の低い肺の内部に向かって、自動で空気が流れ込むという物理の法則に従った現象が呼吸というもの。
つまり、人間にできるのは空気が肺に入るための気圧差を作り出すことだけ。
どんなに急いでも努力しても物理の法則以上に速くはブレスできません。
効率的なブレスをするためには、吹く動きをやめると生命維持のために息を吸う動きが勝手に起こる仕組みを利用するのです。
お腹で何かしようとしたり、肩が上がらないようにしたり、音を立てることで気道を邪魔したりなど、逆効果になることをしなければ基本的に空気は勝手に入ってくるもの。
そう思ってブレスをしてみたら吸い心地はどうなるでしょうか。
短い隙間で瞬間的に吸うのも、その肺の中の気圧と肺の外の世界へ気圧の差を作り出す作業であることに変わりはありません。
だからこそ「吹く(吐く)のを止める」という動作がブレスには大きく影響するのです。
腹式呼吸と胸式呼吸
腹式呼吸や胸式呼吸という言葉をよく見かけますが、その境目はどこなのでしょうか。
人体にウエストはありません。
ウエストという概念は服飾の歴史が作り出したものだとか。
上半身と下半身を分ける明確な境界は、実は解剖学的には無いそうです。
呼吸の時には胸郭も腹腔内の内臓も含め、身体の全部が動きます。
どこかに動いてはいけないと思っている箇所があると、その動いてはいけないところ以外も含めて全体の動きが悪くなってしまいます。
実感してみたい方は試しにやってみましょう。
「胸式呼吸はダメだから胸や肩は動かさない!」
と思って深呼吸するときと
「全身のどこでも全部が自由に動いて良い」
と思って深呼吸するとき。
空気の入ってき方や快適さはどんな風に違うでしょうか?
何かを制限して呼吸するのは不自由ですよね。
楽器演奏の時に何式呼吸かを考えるのはあまり意味がありません。
それより身体全部が自由に動ける状態にしておく方が、楽にたくさん吸えてコントロールしやすくなることを覚えておきたいですね!
胸式呼吸もしましょう!
横隔膜は内臓を押して下げお腹周りをふくらませる働きをするということは、すでに結構知られていますが、肋骨の動きにも横隔膜は大きく関わっています。
横隔膜は肋骨を上に持ち上げ、肋骨の内部の容積(つまり肺)を広げる役割りもしているのです。
横隔膜は下がるとき(上がる時はでなく)に肋骨を持ち上げるという働きがあります。
(反対の言葉が並んでいるので混乱してしまいそうですが)
横隔膜は下にさがるときに平べったくなって肋骨の縁を押し広げるのです。
それが肋間筋やその他の筋肉と協力して、結果的に肋骨を上に持ち上げる動きにつながります。
動画で見てみましょう。
つまり胸が持ち上がる動きはわたしたちが呼吸をするときには自然に起きているべきもの。
「胸式呼吸はダメ!胸は絶対動かさない!」という意図は、ブレスの邪魔をしてしまいます。
だから当教室のレッスンでは腹式呼吸が大切で胸式呼吸はダメだとは言いません。
身体全体が動いて呼吸動作が起きるのを許すというのはとても大切なことです。
胸を開く呼吸法
胸を開くという呼吸法には
・猫背にならない
・胸を張る
などのイメージが主にあるかもしれません。
きっと合唱の現場でもよく耳にする言葉でしょう。
これは全体的に縮こまって肺を狭く動きにくくしてしまうクセのある方にはとても有効なアイデアです。
ただし、体格も姿勢も個人差があるので誰にとっても有効な方法と言うことはできません。
形として胸を張るように見せるために起きがちなよくある勘違い、それは腕や肩や肩甲骨を後ろに引っ張ること。
長時間のパソコン作業で「やれやれ!肩が凝った!」というような時についやりたくなる動きですね。
それ自体はもちろん別に悪い動きではありません。
しかし腕構造を後ろに引っ張るという動きでは、肋骨や肺を動きやすくすることはできません。
むしろ反対に腕構造を後ろに引っ張るのは、背中側にある大きくて収縮するとブレスを邪魔する筋肉です。(広背筋)
肋骨や肺の関係する胸のあたりを自由に動けるようにして、ブレスを効率的にしようとするならこの動きは逆効果。
それを知らなければ「胸を開く」とか「肺を圧迫しないように」というブレスの方法の目的とは反対方向に行ってしまいます。
姿勢で形だけ作ろうとしたりよくわからないまま見た通りにマネをしようとするより、きちんと人体の構造を知って適切なアプローチを選択するのは大切です。
呼吸と足の関係
足、脚についてはハープ奏者やピアニスト以外、楽器を演奏する人たちは脚についてあまり興味を持たないことが多いかもしれません。
しかし脚の筋肉は実は響きや横隔膜とも関係があるのです。
「え?!横隔膜は肋骨の中にあるんでしょ?」
と思うでしょうか。
そうです。
肋骨の中にまで脚の筋肉は続いていて、横隔膜と噛み合っているのです。
脚が肋骨あたりまで繋がってるなんて、なんだか変だと思うかもしれませんが、その脚の筋肉は大腰筋といいます。(名前を覚える必要はありません)
赤身のヒレ肉ですね。
これは骨盤の内側を通っていて、上体を倒してお辞儀するときに働きます。
また、起き上がりの腹筋運動のときに主に働くのはこの筋肉です。
腹直筋が起き上がりを少しだけした後、一気に起き上がるために働くのは実は脚の筋肉なのですね。
この大腰筋が無駄に力んで固まると、横隔膜と周辺脊椎の動きが悪くなって呼吸に悪影響を及ぼします。
人体は全て繋がっているので、近くにある筋肉が力んでいれば影響を受けるものです。
またこの大腰筋は、腹筋運動とお辞儀の他に股関節を固めて動かなくさせる働きもします。
それは股関節から脚にかけては体重が大きくかかりますから、ぐらぐらしたり関節が外れたりしないために必要な機能。
そして股関節が固まると、膝も固まります。
筋肉が固まるということは、物理的な振動である音の響きを止めるということ。
脚はたくさん共鳴するはずの大きな骨がある部分ですから、それはもったいない!
「支えが必要」「しっかり立ちなさい」など指導現場でよく言われますが、崩れ落ちない程度に筋肉が働いていれば充分なので、必要以上力んでも支えには役に立たず演奏には邪魔になるばかりです。
まとめ
呼吸について、人体の専門家でなければ意外に知らないことは多いのではないでしょうか。
良かれと思ってやっていることが逆効果になって演奏を不自由にしているというケースはたくさんあります。
また、「思うように演奏したい」という願いから派生した「身体のバランスを支えられるよう柔軟性を持っておきたい」という意図が、「力んで身体を支えてる感を得たい」という本筋からずれたトンチンカンな意図にいつの間にか置き換わってしまうのもよくあること。
本当にしたいことは何なのか、それを可能にする現実的でまた物理的に行えることはどんな動作なのか、そういうことを忘れないでいたいものですね。