アレクサンダー・テクニーク コミュニケーション レッスン 思考と心 練習 身体の仕組み

レッスンを受ける時/教える時

楽器のレッスンで教える人は必ず誰かからレッスンを受けた経験があるはず。

けれど自分が受ける側だったときに疑問に感じたことをいつの間にか忘れて、次の世代へのレッスンを行なってしまうことも少なくありません。

今回は改めてレッスン現場で起こりがちな問題について考えてみたいと思います。

専門外のことを知ったかぶる危険

レッスンをする時に頭に入れておきたいことのひとつは、「先生は万能の神さまでなくて良い」ということです。

人にはそれぞれ専門分野があり、全ての領域で何もかもが卓越したレベルであるなんて普通の人間には不可能です。

例えば病院だったら。

専門外の医師になんとなくの勘で処方された薬は飲みたくないでしょう。(そんないい加減な医師はいないでしょうけど)

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「音楽なら命に関わらないし」と甘く考えて本当はよくわからないあやふやなことを伝えてしまうのは、生徒さんが長く音楽を続けていくうちに思わぬトラブルを引き起こしてしまうこともあるもの。

具体的な例を出すならジストニアや根深い自己否定癖なんかが挙げられるでしょう。

もちろん運良く何事もないケースもあるでしょうが、よくわからないことを教えてしまって何もトラブルを招かなかったのはただ運が良かったからです。

それでも困った時に身近に専門の先生がいなくて・・とか親身になってくれる先生だからと頼られて、など色々な事情で専門外のことを尋ねられてしまうケースは実際に結構あるでしょう。

そんな時に専門外の立場からはどんなことができるでしょうか。

責任のある態度として、例えば専門外のことは引き受けないまたは専門家を紹介するということはできるでしょう。

他にも「これは確かな情報じゃないかもしれないけど」と断った上で一緒に考える、というのも責任のある対応のひとつ。

一番危険なのはよくわからないことを知ったかぶりして不確かな情報をあげてしまうことです。

数年後にどんな影響があるかもわからない情報を無選別に生徒さんに渡してしまっては、その後悪影響が出たとしても原因も対処法もわからず、どうしようもなくなってしまいます。

頼ってくる生徒さんについ何かしら応えてあげたくなる気持ちは素晴らしいものですが、後々さらに困ったことにならないよう手渡す情報には気を配っていたいものですね。

 

「感じ」に頼った指導

レッスンを受けるときにも教えるときにも「こんな感じで」という指導はちょっと注意が必要かもしれません。

これはあいまいであることが問題なのではなく、どんなに具体的な細かい表現で「感じ」を言い表しても間違って伝わる可能性があることが危険なのです。

当たり前ですが同じ動作をしてもそれによって人がそれぞれ感じることは必ずしも同じではありません。

むしろ違っているのが当たり前です。

例えばアンブシュアについて「口を狭く、きゅっとした感じで、先端がすぼまるような…」といくら言っても解釈の仕方はたくさんあるもの。

「唇を締め付ければ良いのかな」

「歯とアゴで噛めば良いのかな」

「舌やほっぺたの筋肉で何かするのかな」

「のどで操作するのかな…」

色々考えることはできますが、口の中の状況なんて本当に人それぞれ。

ある人には舌を前歯に触れるのが具合が良くても別の人にはそれはやりにくい動きだったりします。

しかも手足のように演奏中に動きがどうなってるか外から見えるわけではない部分についてなら、なおさらひとつの表現では伝わりきらないことが多いもの。

ではどうしたら?

レッスンを受ける時なら、先生はそれを伝えることで何を引き起こしたいのかを考えてみましょう。

教える時なら生徒に何をしてもらいたいのか、感覚的な手段ではなく結果として起きてほしいことにフォーカスして目の前の相手オリジナルの方法を考えてみるのも役に立ちます。

口の中の容積を狭くしてもらいたいなら、「もっと噛んで、絞めて」だけではなく「今はどの部分を使っているだろうか?」「出したい音のために他にもできることは何かあるかな?」と現状を確認しながら一緒に他の部分の可動性を探求するのも一つの手でしょう。

そうすると「そういえば舌の動きは使ってなかった!」なんて自分で発見してくれることだって起こりえます。

相手に通じる言葉を色々試してみることは、日常のコミュニケーションなら当然やっていることでしょう。

レッスンの場面でも同じです。

「どう言ったら、どうやったら通じるかな?」ということをいつも考えていたいものですね。

 

伝統的な指導法を分析する

「お腹で拳を押し返せ!」とか「校庭を何周走る」など昔からよくある指導法ですが、どういう効果があるのか明確に説明できますか?

他にも実は意味も効果も本来の取り組み方もわからないままに、自分がそう教わったからという理由で漫然と行っている指導法って意外にあるのかもしれませんね。

教える先生自身が意味がわかっていないことは、きっと生徒にはますます意味がわからないでしょう。

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例として、お腹で拳を押し返すという指導について考えてみましょう。

これは肺から息を送り出すときに、よりスピードや圧力をかけるため骨盤底から腹筋群を使って内臓を上方向に動かすので、それに伴って結果として起きること。

しかしこれは横隔膜や肺周辺で呼吸を不自由にすることで同じことを引き起こすことが出来るのです。

もし不自由さを作り出すことで拳を押し返しているのであれば逆効果。

ということは指導者としては適切に息の圧力をかけているから拳が押し返されるのか、ブレスのコントロールを不自由にしているために拳が押し返されているのかを判断する必要があるわけです。

もしかしたら素直な人は先生の言うことだからと信じて「お腹で拳を押し返せるようになるべきだ!」と一生懸命練習して押し返す動きができるようになるかもしれません。

でもそもそもそれは別に本当にやりたいことではないでしょう。

拳を押し返すほどに内臓が外向きに動く圧力を受けている状態というのは、本当の望みである「身体全体を効率的に使って息を楽器に入れ、結果として望むような音が出る」に付随したこと。

目的とそれにおまけとしてついてくることを混同してしまうと一体何のための練習をしているのかわけがわからなくなり、上達が足踏みしてしまうことも少なくありません。

こういう指導はまだまだ意外にたくさん残っているものです。

漫然と昔からの指導法を採用する前に、「昔自分が受けた指導の真意はどこにあったのかな」と考えて物理や解剖学の側面から正しい情報として整理してみるのも良いかもしれませんね。

 

「踏ん張りなさい」の真意

「しっかり踏ん張って支えなさい」という指導、よく耳にしますがこれはどういう狙いがある言葉なのでしょうか。

20161017_183824漫然と意味もなく使うのではなく、その言葉をかけることで何を引き起こしたくて、どんなメリットがあるのかを考えてみましょう。

人によって意図することは様々でしょうが、例えば息の支えをしっかりさせるということが狙いだとここでは仮定して考えてみます。

息の支えというのは細かいニュアンスがつけられたり自由な音量変化をできるなど、思った通りの音を出すのに必要な息のコントロール技術のことです。

その息の吐き方について細かいコントロールをするのは主に腹筋群。

それがちゃんと働けるようにするためには、姿勢のコントロールのためにすでに腹筋群が使われていては動ける余地が減ってしまいます。

たくさん動いて様々なコントロールをしたいのなら、最初は緩んでいてフリーであることが必要です。

試しにやってみるとよくわかりますが、少しだけ背中を反って後ろに傾いた姿勢になるとお腹あたりの筋肉が固まって呼吸が不自由になってしまいます。

それは後ろにひっくり返らないように姿勢維持のために腹筋群が働いていて、呼吸にはあまり使えていないから起きること。

こういう不効率なことをせず呼吸筋をフリーにするために姿勢をコントロールする、という意味で立ち方や座り方を色々工夫するのは意味のあることです。

ただし、「しっかり踏ん張って支える」とい言葉でどこかに力を入れる、または辛いと感じる努力をしなければならないと思わせてしまうと逆効果になってしまうことも少なくありません。

これも試せばすぐに納得できることですが、足(脚)にしろお腹背中にしろどこかを力ませて固めたら呼吸は同時に不自由になるでしょう。

結果として起きて欲しいことは何なのか、それが考えられると「これはどういう意味だろう?」と思った時に色々自分用に言い換えることができます。

生徒さんに伝える時にも「こうしなさい」ではなく、起きて欲しいこととそれを助ける可能性のある提案として幾つかの選択肢を提示できるといいですね。

そういう指導をできるようになりたい方は、ぜひアレクサンダーテクニークや心と身体の仕組み、そしてコーチングやコミュニケーションについてなど学んでみるのも良いかもしれませんね。

 

まちがった指導でも正しく導けるケース

長く続く伝言ゲームほど、最後の人までちゃんと伝わらないものです。

レッスンでは漫然と自分が教わって来た通りに伝えようと思っていると、いつの間にか細部がすり替わってしまい、初代の先生が伝えていたことと全く違う結果に繋がることも少なくありません。

とはいえ正しい知識だけをいくら解説し続けても、相手に伝えるための熱意と工夫がなければ全く結果の出せない講師になってしまうでしょう。

引き起こしたいことが明確で、相手によって伝え方を工夫しようと努力できる先生であれば、内容が多少ぶれていても実はちゃんと生徒が望む方向に導くことが出来るもの。

事実として解剖学的には全く正しくない指導でも、ちゃんと生徒をコンクール上位に押し上げる講師は過去にはたくさんいました。

熱意だけでいい加減なことを教えるのはいけませんが、「生徒を良くしたい!」「上手くなってほしい!」という強い意志があることは、教える立場に立つときにはとても大切な条件なのかもしれません。

その生徒がより良く生きられるよう手助けをしたいという強烈な想いに、正しい知識やスキルが乗ったら鬼に金棒ではないでしょうか。

単なる情報ならネット上でいくらでも手に入れられる時代なのに、やはり人間である講師からレッスンを受けると大きく飛躍できるというのは、興味深いことですね。

レッスンとして伴走してくれるサポーターがいるのといないのでは大きく結果が違って来るもの。

それは情報だけでない、個別にアレンジされたコーチングなどのサポートを含むからでしょう。

これからも多くの演奏をより良くして人生を充実させたい方が、望む方向に踏み出すお手伝いをしていきたいと思います。

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  • この記事を書いた人

有吉 尚子

1982年栃木県日光市(旧今市市)生まれ。小学校吹奏楽部にてクラリネットに出会い、高校卒業後19才までアマチュアとして活動する。20才のときに在学していた東京家政大学を中退し音大受験を決意。2003年洗足学園音楽大学入学。在学中から演奏活動を開始。 オーケストラや吹奏楽のほか、CDレコーディング、イベント演奏、テレビドラマBGM、ゲームのサウンドトラック収録など活動の幅を広げ2009年に洗足学園音楽大学大学院を修了。受講料全額助成を受けロシア国立モスクワ音楽院マスタークラスを修了。  及川音楽事務所第21回新人オーディション合格の他、コンクール・オーディション等受賞歴多数。 NHK「歌謡コンサート」、TBSテレビドラマ「オレンジデイズ」、ゲーム「La Corda d'Oro(金色のコルダ)」ほか出演・収録多数。 これまでに出演は1000件以上、レパートリーは500曲以上にのぼる。 レッスンや講座は【熱意あるアマチュア奏者に専門知識を学ぶ場を提供したい!】というコンセプトで行っており、「楽典は読んだことがない」「ソルフェージュって言葉を初めて聞いた」というアマチュア奏者でもゼロから楽しく学べ、確かな耳と演奏力を身につけられると好評を博している。 これまでに延べ1000名以上が受講。発行する楽器練習法メルマガ読者は累計5000名以上。 「ザ・クラリネット」(アルソ出版)、吹奏楽・管打楽器に関するニュース・情報サイト「Wind Band  Press」などに記事を寄稿。 現在オーケストラやアンサンブルまたソロで演奏活動のほか、レッスンや執筆、コンクール審査などの活動も行っている。 BODYCHANCE認定アレクサンダーテクニーク教師。 日本ソルフェージュ研究協議会会員。音楽教室N music salon 主宰。

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