「練習ではあんなに上手くいったのに、本番になると身体が固まって、信じられないようなミスをしてしまう……」 演奏家なら誰もが一度は経験する「緊張」の悩み。
実はその原因は、気合が足りないからではなく、むしろ「とにかく上手くやりたい!」という曖昧な意図による思考の混乱にあります。
本記事では、アレクサンダーテクニークの視点から、本番で起きる不具合の正体を紐解きます。
「なぜ音を出すのが怖いのか」という恐怖の正体を具体化し、緊張を無理に抑え込むのではなく、演奏の質を高めるエネルギーとして活用する方法を考えてみます。
もくじ

空回りする気合い
「ここでは絶対に上手くやろう!」
「失敗しないように気合いを入れて!」
なんて張り切って本番に臨んだときこそ、普段ならしないようなおかしなミスをしてしまいませんか?

上手く行かせようと思っているはずなのに、なぜそんなことが起きるのでしょうか。
これは「上手くやりたい」という意図が、何をどうやりたいのかというレベルまで具体的でないからというのが原因の一つかもしれません。
どういうことかというと、【上手くやりたい】という意図の中には
「指を思ったように動かしたい」とか、
「音楽の魅力をシェアしたい」とか、
「演奏中に仲間とのコミュニケーションを上手くいかせたい」など、
色々なことが含まれているから。
そして「何もかもうまくいきますように!」ということを神様にお願いして、自分で具体的に何をしたいかを明確にするのをさぼってしまうのが「とにかく気合で頑張る!」という魔法の言葉を使った時。
目指した結果に向かって行動するのは自分の身体なので、何をしたいかを自分にとって明確な状態にしないと身体はどう反応したらいいかわからず、固まったり変な動きを引き起こしたりします。
筆者も学生の時は「気合いさえあればなんでもできる!」なんて雑でいい加減な思考をしていたので練習には随分時間がかかったし、本番に思わぬミスをすることも少なくありませんでした。
気合いを入れるというのはやりたいことを明確にした上でどれだけ強くそれに向かいたいと思うかなので、大事なのは本当に自分がやりたいこととそのために何ができるかをきちんと考えることだと今は思っています。
本番前には「気合いを入れて!」と思うよりも「今、本当にやりたいことは何?」という自分への問いかけの方が役に立つケースもあるかもしれませんよ。
本番だけ起きる緊張による不具合
普段はしないのに本番だけするミス
レッスンや一人で練習している時には上手く吹けたのに本番だけはなぜかミスをしてしまった、そんな経験はあるでしょうか。
・ピアニッシモで高音を出す
・どソロで吹き始める
・厳しい先輩がそばに座っている
音を出すのが怖い感じがして普段は問題なくできることなのになぜかミスをしてしまう、という場面はきっとたくさんあるでしょう。

でも。
普段できているならば、そのための技術的な問題はクリアしているはず。
まず筋力や脳の回路が上手くいっていなければ、その演奏動作自体がまぐれでしか引き起こせないわけですから。
技術的に問題のないことが本番だけできなくなるというのは、本番だけ筋力が落ちるというわけではありません。
本番だけいつもと違う思考をしているのです。
そんな場合は例えばこんなことを振り返ってみましょう。
・練習の時に考えていて本番では考えなかったことは何か。
・練習の時は考えていなかったのに本番だけ考えたことは何か。
出ている結果に違いがある以上、必ず演奏を行う時の意図に違いがあるはず。
その思考が脳から身体への指令となって、いつもと違う動きを引き起こしたのです。
「本番だけ指が変だったから指に何か取り憑いてるに違いない!」なんてことでは多分ありません。
思考は目に見えなくてしかも無意識に起きていたりもするので気付きにくいものですが、身体の反応は脳からの指令が大元です。
だからこそ、その時に考えたことを思い出して解決策を探すというのはとても役立ちます。
音を出すのが怖い
それでは次に、普段と違うことを考えてしまうその瞬間、どう対策をしたら良いのかを考えてみましょう。
ついミスをしてしまうのをなんとかしたいという生徒さんに「ミスした時にどんなことを考えていましたか?」と尋ねると、「緊張していました」というお返事が多いもの。

きっと緊張していたのは本当でしょうが、実はそれが原因ではありません。
もう一歩掘り下げてみましょう。
そこには緊張を引き起こす思考が何かあったはず。
何を考えたらその緊張が出てきたのでしょうか。
色々あるでしょうが、もしかしたら「音を出すのが怖い」「できれば音を出さずにいたい」なんて心のどこかで思ってはいなかったでしょうか。
無意識にでも「音を出さない」ことが願いとしてあれば、身体は固まったりして音を出さない方へ向かいます。
それでも本番で自分の出番なのに音を出さないわけにはいかないから、勇気を出して思い切って吹きますよね。
音を出さない動きがすでに起きている上で、音を出すという矛盾した指令が脳から身体に出てしまったらどうなるでしょうか。
それはもちろん混乱するでしょう。
そんな状況では練習の時にしない反応をしてしまうのは当たり前。
そういう場合は事前に練習として「なぜ音を出すのが怖いのか」を掘り下げて、自分の本当の願いが演奏することなのか、それとも何もせず座っていることなのかを整理するのも一つの方法です。
本番の何が怖いのか
一人で練習していて音を出すのが怖いと感じることはないでしょうが、本番だけはそう感じてしまう。
しかも大事な本番であればあるほど怖くなる。
ありがちな心の動きではありますが、この恐怖心は一体どこから来るのでしょうか。
たとえば音を出すデメリットとしてはどんなことがあるでしょう。
例えば
「ミスをしたら睨まれる」
「下手だと思われる」
こんな思考があるかもしれません。

この例に限らず「これ」ということが出てきたら、それをさらに掘り下げてみます。
それによって起こりうるさらに悪いことには何があるだろう?
「仲間に嫌われてしまうかも」
「もう一緒にやってもらえないかも」
専門家であれば
「仕事に呼ばれなくなって生きていけなくなるかも」
なんてこともあるかもしれませんね。
掘り下げ切ったなと思ったら次のステップです。
最悪のことになったとして、それに対して今のあなたはどんな対処ができるのかを考えてみましょう。
「嫌われてしまっても誠実に向き合えば関係の修復は可能だ」
「もう一緒にやってもらえなくなったら別の仲間を探そう」
「仕事がなくったらアルバイトをすれば生きていける」
などなど、些細なことでもくだらないと思わず具体的に、そして出来る限りたくさん可能な対処法を書き出してみます。
これによって、最悪の事態になったとしても意外に大丈夫なことがわかるのではないでしょうか。
気になって避けようとしてることは漠然とした恐怖感であるより「具体的で対処可能な懸念事項」である方が、とっさの反応が必要な場面で対処しやすくなります。
不安があっても良い演奏をする方法
・ソロなのに入り損ねる
・リピートを間違えて迷子になる
・大事なアンサンブルの絡みで引っかかる
そんな最悪の事態になったら嫌ですが、万が一事故トラブルが起きてしまったとしても、対処法を事前に考えておけば何の心構えもしていない場合よりも少しはスムーズに対処できるでしょう。
とはいえ、事前に想定してどう対処するかを明確にしてある問題というのは、得てして結局起きないもの。
対処法がわかっていることで心に引っ掛かっている問題が減れば、思考に余裕ができます。
そうすると別のことに注意を向けられるので、結果としてパフォーマンスの質が良くなるでしょう。
携帯で常に起動中のアプリがあると他のアプリも動作が遅くなるのと似ているかもしれませんね。

では心を整理できて心配事が減った前提で、本番を怖がらずにさらにパフォーマンスの質を上げるためにできることを考えてみましょう。
これは本番後の反省会よりも、次の本番の直前にやると良いワークかもしれません。
問いかけたいのはこんなことです。
『何のために演奏しますか。』
演奏するときに考えたいのは「何かを避けるため」「これをしないため」ではなく演奏することで得たいことや実現したいことです。
パフォーマンスにはたくさんのエネルギーが必要ですから、ネガティブな思いではなく肯定形で建設的で動きのある意図がより一層のパワーを生みます。
ぜひ考えてみてください。
「音楽で彼女に思いを伝える」
「作品の良さをお客さんに紹介する」
何でも良いのですが、肯定形で表現するのがポイント。
演奏を仕事にしてるのなら、「家族を守ために生活費を稼ぐ」これも立派で建設的な動機です。
正体のわからない恐怖を現実的に対処可能なものと認識して、その上で演奏する建設的な動機をはっきりさせたら、次の本番の演奏はどんな風になるでしょうか。
トラブルが起きることへの恐怖が消えるわけでは、もちろんありません。
でもその恐怖は少なくなっているし、恐怖を抱えたままでも得たいことや願うことが明確なら、質の良いパフォーマンスをすることはできるのではないでしょうか。
良く見せたい気持ち
上手いと思われたい気持ち
本番の時に点数や評価などの結果が気になって集中できなかった、そんな経験もあるかもしれません。
コンクールや試験ではついつい点数を稼ぐことが目的になってしまいがち。
「審査員にどう思われたかな?」
「上手だと思われなくては!」
そんな風に考えてしまうのは自然な心の動きです。

では、演奏中に奏者はどれくらい聴いている人の心をコントロールできるのでしょうか。
結論を言ってしまうと、他人の心は全くコントロールできません。
「上手だと思われたい」
「良い点をつけてもらいたい」
「感動してもらいたい」
「楽しんでほしい」
そういうのは全部自分の個人的で勝手な希望です。
そして相手は相手で好きなことを考える自由と権利があります。
そもそも具体的な行動なら強要することもできるかもしれませんが、思考までは強要できませんよね。
他人の思考をコントロールすることはできないのに、それができると思い込んで何かしようとすると、変な緊張をしたり身体がこわばったり心が苦しくなったりしてしまうもの。
自分の希望はただの願いであって、それを表明することはできます。
でも相手がそれに対してどう感じるか、反応するかしないかなどは、自分のコントロール外のことであると知っておくことは役に立つでしょう。
コントロールできるのは自分だけ。
自分にできることは、どう演奏したいかという意図を持ち続けて最善を尽くすこと。
それ以外に他人の思考のコントロールという不可能なことをしようとして無駄な緊張をする必要はありませんね!
ミスの反省を本番中にしない
次にアガリ・緊張がどんな時に起きるのかを考えてみます。
筆者の場合は「うまくやりたい」という考えで頭がいっぱいになって、目の前の音楽から意識が離れたとき起きるパターンが多いかもしれません。
「どうやったらこの音楽の良さが聴いてる人に伝わるかな?」と思ってるときはそうでもないのです。
音楽そのものに意識があるからでしょうか。
この上手くやりたいという思考は前述のように「ミスをしたくない」「誰かから良い評価を受けたい」など、音楽と無関係なことを考えているときに出てきやすいもの。

他にも「この指はこう動かしたいな」「さっきのミス、なぜ起きたんだろうか」なども音楽そのものには関係のない思考です。
こういう分析や動きのコントロール調整は練習の段階でするべきことですよね。
何もわざわざ本番中に行う必要はありません。
本番中に起きたことの分析と反省は、舞台から降りた後ですればいいのですから。
反対に本番中に最優先に考えたいのは、これから演奏する部分をどう聴いてる人に伝えるかでしょう。
それに、聴いている人はミスしたことを反省して縮こまってる姿を見たいでしょうか?
時間とお金をかけてわざわざ聴きに来てくれるのはなぜでしょう。
過去に聴きに来てくれた人に尋ねてみるのも良いかもしれません。
「頑張っている姿を見たいから」
「真剣に向き合ってる人の演奏を聴くことで楽しいだけじゃない深いものに触れたいから」
「応援したいから」
そういう意見が多いのではないでしょうか。
だって考えてみたら自分も誰かの演奏を聴く時に、ミスをするかしないかなんてどうでもいいですもんね!
では、ミスをしないで上手く演奏したいのはなぜなのでしょうか。
ミスをしないことが目的なのではなく、自分が素敵だなと思う作品の魅力を伝えたいとか、誰かをお祝いしたいとか、何か肯定的な意図があるのではありませんか?
「誰かから良い評価を受けたい」「自分のかっこよさ・上手さを見せびらかしたい」というのは気持ちとしてあったとしてもそれは表面的な欲求であり、限られた人生の中で長い時間をかけて演奏を探究する動機として深いところにある本心ではないでしょう。
本心では共感してくれる音楽仲間が欲しいのかもしれないし、応援してくれる人に頑張っている姿を見てもらいたいのかもしれません。
また、聴く人は吹いてるあなたが上手かカッコいいかより、どういう姿勢で音楽に向き合っているのかが見たいのではないでしょうか。
カッコいい人がみたければアイドルや芸能人がいます。
何のために演奏するのか、本当は何がしたいのか、一度自分の心に問い直すのは役立つかもしれませんよ!
緊張を使う
リラックスするのは本当に良いことか
「面倒くさい用事」
「不自由でやりにくい動き」
そんなことが
・とても間に合いそうにないと思って急いだら予定より早く終わったり
・腹を立てた瞬間に不思議と軽々できてしまったり
という経験はありませんか?
普段はなかなか腰が上がらないことも、怒ってるときや急いでいるときは何てことなくこなせてしまう。
それはいわゆる「火事場の馬鹿力」。

ちょっと不思議ですが、実は怒っていたり急いでいたりすると、のんびりくつろいでるときとは違った身体の使い方をしています。
たとえば。
「今日は寝坊して遅刻しそうだから、なるべく急いで準備しよう!」
そんなときにいつもよりゆっくり動く人はいないでしょう。
動作はいつもより機敏になってるはず。
そして機敏になるために、頭や背骨や他の身体のあちこちが動きやすい状態になっているのではありませんか?
怒っているときも同じ。
「何度も植木に水をやってって言ったのに!」
そんなときは自分でさっさと水をやってしまうためにきっとテキパキと動けるでしょう。
これはアドレナリンなどで興奮して身体の動きが良くなっているパターンの一つです。
急いだり怒ったりしたときにはアドレナリンが出て動きが良くなる、ということがあるのです。
それでは。
大切な本番で、身体も楽器も色々複雑なコントロールをしたい場面で「落ち着いてリラックスして」と自分に言い聞かせるのは役に立つのでしょうか。
今の話の流れからすると逆効果と考えられるでしょう。
瞬間的な反応を求められたり、微細な音や状況の変化に気付く注意力を持っていたい時には「落ち着いてリラックスして」いる場合ではありません。
人前での演奏はリラックスして落ち着いて行うものではないのです。
実はピリピリしたり神経過敏のようになったりするのは演奏に役に立つことであり、質の良いパフォーマンスのために身体が準備している証拠でもあります。
そのせっかくの身体の準備を「落ち着いてリラックスして」と台無しにするなんてもったいない!
どうせならそのエネルギーを使ってパフォーマンスをさらに良くしてしてしまいたいものですね。
緊張して走って自滅していませんか?
本番のときのドキドキをコントロールする、それは火事場の馬鹿力の使い方です。
雨が降ってきたときにサザエさんが、洗濯物に紛れてぶら下がっているカツオくんを物干し竿ごと持ち上げられるのは、洗濯物を室内に入れるという目的がハッキリしているから。

演奏の場面でも同じで、ドキドキしたときに何をするべきかわかっている人は淡々と対処します。
ですがそれがわかってなければ、やたらテンポを上げて走ってみたり、無駄に吹き込んで音がひっくり返ったりしてしまいます。
つまり危機に際して出てくるアドレナリンなどの興奮ホルモンを、どう使うかはっきりしているかどうかが大切なのです。
ドキドキしないトレーニングとか、せっかく使えるはずのドキドキを抑えようとする、などは無駄であり逆効果なのでやめましょう。
もうすでにドキドキ物質が体内にあるのなら、そのエネルギーをコントロールして使うしかありません。
そのためには事前の練習段階で階段を走ったりなどドキドキを作る。
そしてそのドキドキを燃料にして演奏してみる。
そうすると例えミスがあっても一人で安心な空間で漫然と練習しているときよりも、生き生きとした良いパフォーマンスになっているのではないでしょうか。
ドキドキを使いこなすスキルは、緊張する本番で思ったように自分をコントロールするための有効な技術になるのです。
ぜひチャレンジしてみてくださいね!
ドキドキして「どうしよう」と思ったときに
ずっと準備してきた大切な本番、なんとか成功させたいし、つまらないミスはしたくない。
そんな時ほど、普段はやらない変なトラブルが起きてしまう。
「上手く行かせたい」
「精一杯の演奏をしたい」
そう思って練習を重ねてきたはずなのに、どうしてそんなことが起きるのでしょうか。
それでは上手く行かせるための練習として、実際に行ったことを思い出してみましょう。
・楽譜を間違えないように見る
・指が絡まずちゃんと動くよう練習する
・合わせを何度もやって慣れる
他にもあるでしょうか。
大切な本番ならきっとこれまでにたくさんのことを準備してきたはず。

それでは。
本番でお客さんやライトを前にして興奮状態になることは、練習段階で経験したでしょうか。
思考がちょっとしたパニックになって、心臓がドキドキして汗が出て、口が乾いてリードが薄くなる、その状況には慣れてきましたか?
こういう状態に慣れてこなかったとしたら、これこそが本番でいつもと違う変なミスをしてしまう原因です。
ドキドキする本番のときにはアドレナリンがドバドバ出てる興奮状態になっているはず。(見た目にテンパっていなくても)
そのアドレナリンをどう使うか、事前にリハーサルするのは大切です。
使わなければ有り余るアドレナリンのエネルギーが、何かしら動きを引き起こしたくてうずうずしてるのですから。
「ドキドキしている、どうしよう?」なんて本番の舞台に出てから考えても遅いのです。
・そうなったときにどうするのか
・どんな風に何を考えて身体へどんな指示をするか
そういう咄嗟の反応こそ、事前に練習しておきたいもの。
思考が「どうしよう?」状態なときには、身体への明確な指示は出ていないことがほとんど。
そして何をして良いかわからないエネルギーを持て余した身体は要らないことをします。
震えたり、違うことを考えたり、普段使わない指使いをしたり。
心当たりがありますよね。
どんなに興奮したときのことを念入りにリハーサルしたって、本番でのエネルギーは予想よりずっと大きいもの。
だからこそ大事な本番の演奏中に何を考えるのかを強力に意図して、事前にリハーサルすることは大切なのです。
いつも出来ることを間違えたなら、それは指の問題ではありません。
その時に来る大きなエネルギーをどう使うか、という方向性が欠けていたということです。
次に大きな本番があるときには事前に考えておくと、もっとイキイキとした魅力的な演奏ができるかも知れませんね。

