今回は実際のオーケストラ作品の中から有名なフレーズを、ちょっとだけアナリーゼしてみましょう。
ここでは実際に演奏者が配られた楽譜でどう演奏するか考えるキッカケになることを目標として、スコアより演奏中に見ているパート譜を中心に話を進めていきます。
「こんな風に楽譜を眺めると歌い回しのヒントが見えてくるのか」という気づきを得ていただけたら幸いです。
もくじ
素材:A.ドヴォルザーク/交響曲第九番「新世界」
今回はアナリーゼ入門として、ドヴォルザークの交響曲第九番から第2楽章冒頭のコールアングレのソロ部分を素材にします。
この交響曲第9番はは「新世界より」として知られていますが、特にこの楽章のアングレのソロは「家路」「遠き山に日は落ちて」など歌詞が付けられたアレンジでも有名です。
名曲であり本題から逸れるので楽曲解説や諸エピソードの紹介は他サイトにお任せします。
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読み込めばたくさんの要素が見つかりますが、話をややこしくしないため今回は簡単に和声と旋律の動きだけに注目して進めていきます。
実際の演奏時に音色やルバートなどの変化をどうつけるか、という歌い回しのヒントを楽譜から読み込む方法を一緒に体験していきましょう。
作品全体に共通するモチーフ
まずは楽譜にざっと目を通すとよく知った旋律が見えてくるでしょう。
付点音符が入った上がり下がりのパターンで作られています。
この音形は突然この第2楽章で現れたわけではなく、その前にもたくさん似たような付点を伴ったり伴わなかったりする「上行下行のモチーフ」が登場しています。
この上行下行のモチーフで激しさや郷愁や美しさを作り出しつつ、全体に統一感を出しています。
最初に全体を見渡してみると、第二楽章のアングレソロも曲全体の中で色々変化が付けられた上行下行パターンの内の一つだということがわかります。
この上行下行を使ってどう色合いや独特の雰囲気を演出しているのかを、和声と旋律の流れから見てみましょう。
第二楽章ソロフレーズの特徴
ソロフレーズは7小節目から18小節目まで。
楽器奏者の目線で、実際に演奏するときに使うパート譜を見ながら気になった部分はスコアも参照していきます。
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音の高低からみる盛り上がり
まずは音の高低の要素を見てみましょう。
7−18小節目の12小節間だけを取り上げると、一番音域が高いのは最後の17−18小節目です。
同時に音量もここが一番大きくなるよう書かれています。
という単純な理由で、このフレーズで一番盛り上がりたい聴かせどころは17−18小節目だということがわかります。
和音と音の距離から見るストーリー(7-10小節目)
次に8小節目と10小節目の違いに注目してみましょう。
8小節目の二分音符、伸ばしの音は記譜でB。
10小節目の二分音符、伸ばしの音はAsです。
アングレはF管なので記譜のCが実音のFですが、見やすくパート譜上で考えるとこのフレーズはAs-durになっています。(実音でDes-durということ)
As-durで中心になる一番落ち着いた性格の音は、もちろん音階で1番目に来るAs。
4小節目ではその1番(主音)に解決しています。
それに対して2小節目のBは音階で2番目に来る音であり、ハーモニーとしても一度(Ⅰ)や六度(Ⅵ)など落ち着き系の和音ではなく盛り上がりの性格を持った和音の中にいそうです。
確認のためスコアを見てみると、2小節目は盛り上がりである属七(Ⅴ7・ドミナント)ですが、4小節目では一番落ち着きの役割である主和音(Ⅰ・トニック)になっています。
旋律の動きは8小節目には跳躍した音形で少しエネルギーを感じますが、10小節目は隣り合った音に進む順次進行で穏やかに滑らかになっています。
8小節目では収まらずに先に進み、10小節目では11小節目からの一段高い音域や音量変化のある盛り上がりをより効果的に聴かせるために、その前で一旦穏やかに落ち着いて静まってほしいのでしょう。
もしも8小節目でフレーズを収めるように音が萎んでしまうと、推進力がなくなってフレーズが短くぶつ切りになってしまいます。
ということで、10小節目までは1セットで歌って欲しいというのがわかります。
帰りたいのに帰れない浮遊感(11-14小節目)
次に11小節目からの一段音域が高くなったところを見てみましょう。
ここからは音量の変化も出てきています。
FとAsの組み合わせが何度か出てきて印象的ですが、この部分だけを聴くと何となく色付いたような感じがします。
スコアを見るとサブドミナントの四度という色合いを出すような和音になっているのがわかります。
サブドミナントはトニックよりも盛り上がってはいましたが、ドミナントほど推進力に溢れた盛り上がりではありません。
どちらかというと色合いをプラスして華やかにするような役割です。
なのでソロパートを吹く時には11−14小節目は硬く鋭く激しいような盛り上がり方ではなく、光が差しているような優しく柔らかい盛り上がり方になるでしょう。
ところどころアングレパートの記譜G-Esあたりでドミナントである五度の響きが顔を出しますが、落ち着き和音に解決はしないふわふわ浮いたみたいな感じのフレーズになっています。
「帰りたいけど帰れない」というような落ち着かなさがこの4小節の盛り上がり方と言えるでしょうか。
次に繋げる伸ばし音(15-16小節目)
ソロパートのクライマックス、最後の部分は最初の7−8小節目と同じ音形から始まります。
16小節目の記譜B(実音Es)は音階の2番目の音であり、クライマックスに向かって行く盛り上がりの和音であるドミナントを感じます。
ここで落ち着いてしまうと最後の一番音域の高くなるエリア17−18小節目で盛り上がりきれなくなってしまうので、伸ばしの音があるからといって一段落するような演奏はせず推進力を持って先に進みましょう。
15−16小節目は音量的にはpp(ピアニッシモ)となっています。
これはその後17小節目のクレッシェンドからのf(フォルテ)という大きな変化をより強調する効果があります。
またフレーズ冒頭の7−8小節目と同じ音形なのにより小さいというのは、11−12、13−14小節目のクレッシェンド・ディミネンドに慣れた耳を再度集中させる狙いもあるのかもしれません。
色彩感豊かな盛り上がり(17-18小節目)
このソロフレーズのクライマックスである17−18小節目はどうでしょうか。
記譜上は17小節目はまるごと主和音の一度(Ⅰ)のように見えますが、スコアを見てみるとちょっとした仕掛けがあります。
確かにアングレ記譜AsはAs-durの主音ですが、ハーモニーを見てみるとここは実は主和音の一度(Ⅰ)ではなく六度(ⅵ)なのです。
六度(ⅵ)というのは、落ち着きであるトニックの仲間だけれどあまり収まりのよくない、何だか座ろうとした椅子を引っ込められたみたいな和音。
「落ち着きのトニックに帰ったー!」と思ったらあんまり落ち着かない、「あれ?まだ帰れないの・・」という帰りきらないような雰囲気が漂います。
そんな和音を経由してから4拍目で主和音の一度(Ⅰ)に行き着きます。
次の12小節目はフレーズの最後ですが、五度や属七などガッツリ盛り上がるドミナントではなくてサブドミナントの四度から主和音という流れ。
f(フォルテ)に向かってクレッシェンドしていくところではありますが、キツくて硬い音ではなく柔らかくて色彩感のある音色のほうが合うでしょう。
和音運びは郷愁を誘うけれど悲しくはない
一連のソロフレーズは郷愁を誘うフレーズですが、短調でもなく短三和音がたくさんというわけでもないので悲しみや絶望といった雰囲気ではありません。
ある程度明るくて柔らかくてそれでいて帰れない場所を想う、まさに郷愁を感じさせるという言葉がピッタリでしょう。
ドヴォルザークが故郷のボヘミアを遠く離れたアメリカから思って書いたというエピソードも、「新世界より」というタイトルも、納得の音楽ですね。
「家路」という歌詞付きの曲にアレンジされたのも自然なことに感じられます。
短いソロのフレーズですが、こんな風に目を凝らしてみると色々な仕掛けが見えてきて面白いものですね!
歌い方や運び方はもちろん百人百通りですが、こういう楽譜の読み解き方があるという参考にしていただけたら幸いです。