アレクサンダーテクニーク 身体の仕組み

管楽器演奏のためのブレスと吹き込みの問題まとめ

吹き込みやアクセントをつける時の動き、音色が硬くなる問題、演奏するとすぐ疲れるバテの問題など、管楽器演奏に関わる呼吸についてありがちなトピックをまとめてみました。

行き詰まった時の参考にしていただけたら幸いです。

やってるほどアクセントに聴こえないとき

曲の中で特定の音のみにアクセントをつけるとき、瞬間的に少し前のめりの姿勢をしてみたり、顔で何か押し出すような動きをしてみたり、楽器の角度を変えてみたり、という身体の動きをしてしまいがちなもの。

これは コンサートマスターやパートリーダーが合図として行うなら適切な動きかもしれませんが、吹奏楽器で実際音にアクセントをつけるのには実はまったく関係の無い動作です。

音量でアクセントをつけるということは、その周辺の音より息の圧力を高める必要があるので、息を吐くときに働く胴体周りの筋肉がより強く息を絞り出す動きをするということです。

わたしたち人間には首やあご、顔には肺から息を吐くための筋肉はついていません。

息は肺から気道を真上に向かって流れていき、口蓋にあたって口の中の形に沿って前向きになるだけで、前向きに吐くための筋肉というのは存在しないのです。

アクセントのために働けるのは、胴体の一番下にある骨盤底筋や背中も含めたお腹まわりの筋肉群。

見た目ではすごくアクセントがついてるようなのに実際の音にあまり変化がつかない、という場合は働いてほしい筋肉を誤解しているという可能性もあるかもしれません。

そんな時は強く息を吐くための筋肉について整理してみるのがおすすめです。

 

お腹を張り出すのはムダな動き

「アクセントをつけるときはお腹を硬くする」そんなイメージを持っている方も意外と少なくありません。

実際、楽器に息を吹き込むときに片手で自分でお腹を触ってみると、パンパンに固くなっているのが感じられるでしょう。

お腹がパンパンになるのは息を肺から送り出すために、腹筋群や骨盤底筋などが内臓を圧迫しているからです。

圧迫された内臓が上方向に動くことで、横隔膜が押されて肺から空気が出ていく、それが吹き込みの仕組みです。

圧力がかかることで結果的にお腹が硬く感じられるようになるのですが、このパンパンに張って固くなってるということだけを意図的にやろうとすると、おかしなことが起こります。

試しに息を止めながらお腹を張り出したり引っ込めたりしてみましょう。

簡単に出来たでしょう。

ではもう一つ。

息を止めながらお腹を固くしたり柔らかくしたりは出来るでしょうか。

これも簡単にできると思います。

息の流れに関わらず、お腹をパンパンに張り出したり引っ込めたり硬さを変えたりすることはできるのです。

つまりお腹を張り出したり硬くする動きが息の流れを引き起こしているわけではないと言うこと。

またわざわざお腹を張り出そうとする時には肋骨を固定したり、胸の辺りが萎んだりするのも起こりがちです。

それでは息を吸いたいのに吐く動作を同時にするようなもの。

息を吐く動きをした結果お腹が張り出すのは自然なことですが、お腹を張り出す動きと息を吐く動き2つをバラバラにそれぞれ行おうとすれば動作を邪魔しあって逆効果になったり吹きにくくなったりしてしまいます。

結果として起きることと意図して引き起こすことは意味も効果も全然違う、吹奏楽指導をする方は知っておくと良いかもしれません。

 

呼吸のときどこが動く?

それではザザッと呼吸の時に動く場所とその動き方について見てみましょう。

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まず、肺は肋骨の内側にあるので肋骨が動きます。

誰かの肋骨を触りながら呼吸してもらうとその動きがとてもよくわかります。

前後にも左右にも上下にも動いていることが感じられるでしょう。

その他に横隔膜が下に下がって内臓全体が押されます。

押された内臓はお腹あたりで前後にも左右にも向かって動きます。

そして内臓は押された圧力で下向きにも動いて骨盤の中にもずれ込みます。

骨盤の一番下には骨盤底筋があり、それが内臓に押されてお腹と同じように膨らみます。

脊椎も肋骨が動くのにつれてよりカーヴしたり戻ったりの動きをします。

肋骨が動くのでその上に乗っている腕構造全体も動きます。

身体全体が動くことで体重のバランスも常に変わり続け、それを脚が微細なコントロールをしながら支えています。

空気自体は肺にしか入りませんが、呼吸の時にはこんなにたくさんの部分が動くのです。

たくさん動きが起きるのが自然であり、その何かを制限してしまうと関連した部分全部に不具合が起きるということは覚えておいて損はないでしょう。

どうぞ参考にしてみてくださいね!

 

吹き込みの要「骨盤底筋」

前項で呼吸に関わる筋肉についてざっとみましたが、管楽器の吹き込みのときにパワフルに働く筋肉は、お腹周りに3層ある腹筋郡の他に骨盤底筋というものがあります。

この筋肉は吹き込みの要になる大切な筋肉なので詳しく見てみましょう。

胴体の一番下から骨盤底筋が内臓を押し上げて、押された内臓が横隔膜を押し上げ、その横隔膜が肺を圧迫して空気を押し出すという一連の呼気に関する動きの起点になるのがこの骨盤底筋です。

吹く時には下から上への圧力がかかっているということを考えると、この水色矢印のようなエネルギーの流れをイメージするかもしれません。

このエネルギーの流れ、実は真下から真上という方向ではなく少しだけ角度がついているのです。

実際には骨盤の前後の傾きがあるので胴体の斜め後ろ下から斜め前上に向かって、下の黄緑矢印のように吹き込みの圧力がかけられているというのが事実により近いもの。

実際に「真下から真上に向かって圧力がかかってる」と思いながら吹く時と、「斜め後ろ下から斜め前上に向かって圧力がかかってる」と思いながら吹く時の吹き心地や出てる音を比べてみましょう。

こんな些細なことでも音が全然違ってくるというのは面白いものですよね!

演奏するときには骨盤底筋がどこでどのように働いている、ということを知っていると助けになります。

とはいえ事実とは違う位置で事実と違う方向に働いているというイメージを持ってしまっては、せっかくの知識が演奏スキルとして活かしきれないばかりか逆に変な動きを招く原因になったりしてしまうこともあるもの。

教える機会があるのであれば、きちんと学びたいものですね。

 

疲れにくい奏法

レッスンのときに腹筋群と一緒に骨盤底筋を使うトレーニングをしてみると、ほとんどの方が「使えてるのかどうかよくわからなくて自信がない」とおっしゃいます。

これ、実はその通りなのです。

どういうことかと言うと、骨盤底筋は使ってる感を得られにくい種類の筋肉だから。

使ってる感じがしなくても、吹き込みをパワフルに助けてくれる筋肉であり、上手く使えたらものすごく鳴りが良くなるのがこの骨盤底筋です。

逆に使ってる感を簡単に得られる筋肉の代表が、鍛えるとシックスパックになる「腹直筋」。

この腹直筋は働いてる感はフィードバックとして得やすい代わりに、使えばすぐ疲れてバテます。

ですが、骨盤底筋はそんなことはなく、長時間使ってもさほど疲れません。

この「感覚が鈍いけれど持久力がある」ということが身体の深層にある筋肉の特徴です。

感じ方は人それぞれでしょうが、骨盤底筋をうまく使えると「何も努力してないように楽に吹ける感覚」という方が多いです。

でも当然ながら楽器を吹く動作は結構ハードな運動であり、実際に何もしてないわけではありません。

逆に骨盤底筋が上手く働きにくい姿勢で吹いていると、たちまち疲れてしまうというのも興味深いもの。

それは使えていない必要な筋肉(骨盤底筋)の代わりに、疲れやすい表層の筋肉(腹直筋など)が働くから。

アレクサンダーテクニークを学べば疲れなくなるとか楽になるとか、そんな都合の良いものではありませんが、適切に必要な筋肉でやりたいことが出来ていたら、見当外れな筋肉でトンチンカンな努力をして無駄に疲れるということは減っていくでしょう。

 

疲れやすい吹き方と疲れにくい吹き方

骨盤底筋に代表される身体の深いところにある深層筋と、腹直筋に代表される身体の浅いところにある表層筋、この二つの違いはヒラメとまぐろの違いと同じです。

どう言うことかと言いますと、ヒラメは白身でマグロは赤身です。

ヒラメは短距離を瞬間的に泳ぎますが、マグロは反対に遠距離を長く続けて泳ぎます。

ヒラメは瞬発力があってマグロは持久力があるのです。

ヒラメは敵に食べられないように、危険を察知したら瞬発力を使って逃げなければならないから、すぐに疲れるけれど強い筋肉がついています。

その強いけどすぐ疲れる筋肉は白筋・速筋と呼ばれます。

反対にマグロは、泳ぎながら呼吸をしていて休んだら死んでしまうので長距離を泳ぎ続ける持久力が必要だから、酸素をためておく赤いミオグロビンがたくさんの筋肉になるのです。

これは遅筋・赤筋と呼ばれます。

この白筋と赤筋、人間の身体には両方がついています。

ざっくり言ってしまうと身体の深層には赤筋が多くて、浅層には白筋が多くなっているそうです。

身体の浅層にあって疲れやすい腹直筋がメインで吹き込みをしていると疲れやすいのは、そういう理由です。

ついでに表層筋は大きな骨に関わっていてパワフルに響きを止めるので、これをたくさん使っているとキツい音になったりコントロールが荒くなったりするのも特徴。

代わりに腹横筋や骨盤底筋など深層筋で吹き込みをしていると、遅筋なのでそんなにすぐに疲れるということはなく、音質も柔らかくふくよかに鳴らすことができます。

ですが腹直筋ほどの瞬発力はないので、音の立ち上がりを整えるためには継続的なトレーニングが必要です。

「楽器を吹くとすぐに疲れる」という場合はお腹がカチカチになるシックスパックの腹直筋がメインで働いているのかもしれませんね。

ちなみに有酸素運動は赤筋、無酸素運動は白筋が主に働いて、カロリー消費が多いのは赤筋の方なんだそうですよ!

【白筋・速筋】 【遅筋・赤筋】
瞬発力 ×
持久力 ×
疲労 すぐ疲れる 長時間使っても疲れにくい
付着位置 浅層 深層
運動 無酸素 有酸素

 

本番中は筋肉なんてどうでもいい!

「身体の効率的な使い方についても知ったとしても本番中に筋肉のことなんて考えられない!」

そう思う方は少なくないでしょう。

演奏者としては骨や筋肉ではなく音楽に興味があるのですから、それは当然です。

だから実際の演奏のときには筋肉や骨のことなんか全部忘れてしまって大丈夫!

というより、指や姿勢など身体をどう動かすかということに本番中の意識がフォーカスしてしまうのは、大変危険でもあるのです。

たとえば指が難しいパッセージのとき、「指!」と強く思うほど途中で何をやってるかわからなくなってミスをしたりするでしょう。

指のコントロールに意識がフォーカスすると大抵の場合、反対に音のことは忘れてしまいます。

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難しい箇所で指が心配なのはよくわかります。

きっとより良く演奏したいと思う誰もがそうでしょう。

でも、指は脳の司令通りに動きます。

脳の司令が混乱すれば、指はコントロールを失います。

具体的な出したい音があやふやになった状態で筋肉だけコントロールしようとしても、目的があやふやになってダメなのです。

じゃあどうしたらいいのでしょうか。

指やその他フィジカル面のことは、自動で望む動きになるように繰り返して習慣にするのが練習するということ。

どんな動きを選択するかが意識的でなければならないというのは、まだ新しい動きに慣れていないという証拠です。

周りとのアンサンブルがどうなってるか聴き取って、それに反応するために音をどう出したいかと言うことを考えたい時に、動きについても選択する心の余裕がいつもあるとは限りません。

どんな動きが効率的かどんな選択肢があるかは、練習の時に実験しておきましょう。

そして選びたい動きは意識の上では忘れてしまっても自動で選べるように、繰り返しの練習をして脳の回路を作ってしまいましょう。

そうしたら演奏中に骨や筋肉について考える必要は無くなります。

大事な本番で音楽に集中するための準備、ぜひやってみてくださいね!

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  • この記事を書いた人

有吉 尚子

1982年栃木県日光市(旧今市市)生まれ。小学校吹奏楽部にてクラリネットに出会い、高校卒業後19才までアマチュアとして活動する。20才のときに在学していた東京家政大学を中退し音大受験を決意。2003年洗足学園音楽大学入学。在学中から演奏活動を開始。 オーケストラや吹奏楽のほか、CDレコーディング、イベント演奏、テレビドラマBGM、ゲームのサウンドトラック収録など活動の幅を広げ2009年に洗足学園音楽大学大学院を修了。受講料全額助成を受けロシア国立モスクワ音楽院マスタークラスを修了。  及川音楽事務所第21回新人オーディション合格の他、コンクール・オーディション等受賞歴多数。 NHK「歌謡コンサート」、TBSテレビドラマ「オレンジデイズ」、ゲーム「La Corda d'Oro(金色のコルダ)」ほか出演・収録多数。 これまでに出演は1000件以上、レパートリーは500曲以上にのぼる。 レッスンや講座は【熱意あるアマチュア奏者に専門知識を学ぶ場を提供したい!】というコンセプトで行っており、「楽典は読んだことがない」「ソルフェージュって言葉を初めて聞いた」というアマチュア奏者でもゼロから楽しく学べ、確かな耳と演奏力を身につけられると好評を博している。 これまでに延べ1000名以上が受講。発行する楽器練習法メルマガ読者は累計5000名以上。 現在オーケストラやアンサンブルまたソロで演奏活動のほか、レッスンや執筆、コンクール審査などの活動も行っている。 「ザ・クラリネット」(アルソ出版)、吹奏楽・管打楽器に関するニュース・情報サイト「Wind Band  Press」などに記事を寄稿。 著書『音大に行かなかった大人管楽器奏者のための楽器練習大全』(あーと出版)を2023年8月に発売。Amazon「クラシック音楽理論」カテゴリーにて三週間連続ベストセラー第一位を獲得。 BODYCHANCE認定アレクサンダーテクニーク教師。 日本ソルフェージュ研究協議会会員。音楽教室N music salon 主宰。管楽器プレーヤーのためのソルフェージュ教育専門家。クラリネット奏者。

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