しっかり鳴らして遠くまで音を届けたいと思って頑張っているのにうまくいかないのは、心と身体の使い方を間違えているのかもしれません。
今回は楽器の「鳴り」に関わる仕組みを実例を交えつつ解説していきましょう。
ムダな動きはしない方が良い?
「しっかり鳴らすためにはきちんと身体を支えてムダな動きはしない方が良い!」
よく耳にする言葉ではありますが、それって本当なのでしょうか。
疲れてるときや緊張したとき、また上手く演奏したいと思ったときなど「ついムダな動きをせず必要なことだけ!」と思ってしまいがちなのは良くわかります。
でも。
「ムダな動きをしない」ということは身体にとっては必要な動きもしないことと紙一重でもあり、また一見ムダのようだけど関連してる必要な動きを制限するということにも繋がりやすいのです。
ムダなことをせず必要なことだけしているつもりが、必要な動きもしないよう身体を固めることに繋がっていたらまったく逆効果でしょう。
たとえば疲れてるからムダな動きをしないようにと思ってるとあちこちを固めることになって余計に疲れてしまったりかえって痛くなってしまったり、というのはありがち。
そんな時はむしろ「動ける場所は勝手に動いて良し!」ということにしてみると意外に身体が楽に軽く感じられ、楽器も鳴り出すかもしれませんよ。
脱力した方が鳴る?
鳴りについて探求している方からよくあるご質問は「脱力ってどうやればいいですか?」というもの。
はっきり言ってしまうと、アレクサンダー・テクニークは脱力法ではありません。
力を抜くメソッドではなく、適切に力を“使うため”のメソッドなのです。
そういうときに決まってお答えする内容はこんな感じです。
「やりたいことに充分なだけ必要な筋肉を働かせましょう」
何か動作を行うとき、当たり前ですが全く脱力状態で筋肉を働かせずにダルダルのままできるわけではありません。
重いものを持ち上げるにはそれなりの筋力が必要ですし、指を速く動かすにもエネルギーが必要です。
ラクをしているだけでは何もできないのですが、普段不要な筋肉を働かせていたりやりたいことに繋がらない頑張りを身体のどこかでしてしまっている方は、目的に繋がらない不要なことをしないで良いとなると「ラクになった」という感想を持つこともあります。
それは必要なことを適切に行っている状態であって、決して“何もしていない”状態ではないのです。
鳴らすためにはまずたくさんの圧力をかけて息を送り出す必要があります。
最初に脱力を考えてしまっては鳴らなくて当然なのです。
鳴らそうとするほど鳴らなくなる
中高生などに結構あるあるなお悩みのひとつが「一生懸命吹いているのになかなか大きい音にならないし遠くに飛ばない」というもの。
音質が荒れるほど吹き込んでも、遠くで聴くとあまり鳴っていない。
小柄な中高生は(そうでない場合もありますが)「太らなきゃダメだ!」「パワーが無いから」などと言われてしまうこともしばしば。
そして「もっと音量を出して」などと要求されるとさらに吹き込んで、そうするとまたさらに音が荒れる。
そんなときには吹き込むためにあちこちを力ませて結果的に筋肉を固めるため振動を止めてしまう、ということが起きがちです。
具体的には
・腹直筋を固め続ける(他の吹き込みを助ける筋肉の働きを邪魔する)
・腕を引き込んで楽器を体に引き寄せる
・指に力を入れてキーを強く握る
など、どれもありがちなことですね。
ブレスや吹き込みを邪魔するお腹の固めや指・腕のこわばりは、せっかく起こした振動も止めてしまうので鳴らなくなります。
そんなときは
・吹き込むのに適切な筋肉はどれで、どんな順番で働くのが一番効率的かを思い出すようにする
・キーやトーンホールは必要な動きが出来ればそれでいい
・振動が身体のどこまで伝わっているかを観察する
など気を付けてみると状況が改善されることがあります。
筆者はこれであまりにも軽々と大きな音が出て初めての人にはびっくりされるくらいに鳴るようになりました。
やみくもに自己流の気合いで頑張るより仕組みをきちんと知る方が近道になるもの。
頑張って吹き込んでるはずなのになぜかあまり鳴ってない、という場合はレッスンで自分の動きや動作、思考について整理してもらうのは助けになるかもしれません。
身体に共鳴させる
音を豊かに鳴らすというと、どんなイメージでしょうか。
管楽器なら吹き込む息の量を増やしたり、弦楽器なら使う弓の量を増やしたり、といったことでしょうか。
もうひとつ、より効率的に鳴らすためには「共鳴を使う」というアイデアもあります。
共鳴というのは楽器やホールの響きはもちろんのこと、自分の身体に起こる振動も含みます。
意外かもしれませんが頭蓋骨の中にはたくさんの空洞があるもの。
鼻や耳の奥など色々と洞窟のようになっていて、声や音はそこで反響します。
頭蓋骨は何か中身の詰まった球体ではありません。
そして音は物理的な震動ですから、それがあちこちにたくさん伝わるほど鳴りが良くなります。
震動が伝わる身体のあちこちというのは具体的には骨や筋肉のこと。
もちろんわたしたち人間は頭部だけでなく、身体全体が音のための共振をすることができます。
そして筋肉が無駄に力んでいれば、その振動を止めてしまいます。
たとえば良く鳴らせている人の首に触ってみると、細かい震動が感じられるもの。
それは筋肉が振動を止めるような力み方をしていないからです。
「頑張ってたくさん吹き込まなきゃ!」と力めば力むほどますます鳴らなくなる、というのも「大きく豊かに鳴らすには脱力が必要」なんて言われたりするのもそういう理由。
もちろん必要なだけの力は使いますが、不要な力みを手放してすでに起こっている振動を邪魔しない、というのも豊かな鳴りのためには大切なことのひとつですね!
心の不調を動いて解消する
ここまでは楽器の鳴りについて身体の仕組みと使い方の面から考えてきました。
もうひとつ鳴りについて考える時に見落とされがちなことに、メンタル面の影響もあります。
例えば仕事でミスをしてしまい落ち込んでいるとか、失恋してしまったとか。
音楽に関係の無いようなことでも、思考というのは脳の働きであり、人間の心(脳)と身体は物理的に繋がっていてどちらかに何かあれば影響は必ずもう一方にも出るものです。
仕事でミスをしてしまったら、しばらく大人しくしていようとかシュンとしている振りをしなければ上司をなおさら怒らせてしまうとか、色んな思いがあって身体の動きを無意識に制限してしまったりすることもありがち。
その状態で楽器を演奏したら・・調子が悪い感じがするのは目に見えているでしょう。
そんなときは汚い音で良いから思いきって大きな音を出してみる、というのはすごく有効な不調解消の手段のひとつ。
そうすると楽器の不調も軽減されるし、身体の動きが良くなると思考も変わるので仕事のミスや失恋についても自分自身が建設的な解決策を見つけることもできるようになったりします。
調子を崩してる場合には身体と心両面から見ていくことがおすすめです。
楽器なしで出来る練習
最後に、社会人として働いていると音出しできる場所や時間が限られるために練習できない日が続くことも多いでしょう。
そういう状況でも「音楽を続けたい!」という場合、楽器を使わなくてもできる練習だってたくさんあるもの。
ここではアレクサンダーテクニークに基づいて、日常の動作全てでよく響いた良い音で鳴らすことにつながるトレーニング方法をご紹介します。
例えば駅に向かって急いで歩く時に「首や肩や頭を絶対動かさないぞ!」と固めて歩くのと、「身体全部が自由に動いていい」と思って駅に向かって急いで歩く、その違いを自分で観察してみましょう。
・自分の思考と身体の動き方や快適さはどれくらいか
・脚以外で急ぐために使える場所はどこなのか
・その時にどんな気持ちになっているか
ということを考えてみるのです。
そういう自己観察を続けるとだんだん心身の観察の精度が上がっていきます。
観察していて心身に少しでも引っ掛かりが見つかったら、その不調の原因を解消することで鳴りやすい状態に自分を整えていくことが可能になります。
そしてまたそういう風に自分がしていることにより気がつくようになっていると、いざ音出しをした時にたくさんの情報を得られるようになるのです。
何度も同じフレーズを吹いてからようやく不具合に気付いて変えようとするのに比べて、一度のトライでたくさんの情報に気づけたら音出しできる時間内でのトライアンドエラーの回数が段違いに多くなって密度の濃い練習ができるようになります。
気づくことがコントロールのスタートラインなのですね。
プロ奏者が自分の心と身体の状態にとてもよく注意を払うのは、そうした方が状況把握と突発事案への対応が柔軟にできるし、練習などの効率が上がるという面もあるから。
心身両面から演奏を考えること、ぜひアレクサンダーテクニークのレッスンで体験してみてくださいね。