「ソルフェージュ」と聞くと、子供の習い事や音大受験のための訓練を思い浮かべる方も多いかもしれません。
けれど本来ソルフェージュは、演奏者が自分の音楽を主体的にコントロールするための『聴くスキル』です。
本記事では、受験対策でも子供向けレッスンでもない、すでに長年演奏してきた大人管楽器奏者のためのソルフェージュについて解説します。
音程・リズム・フレーズ感が「なんとなく」から抜け出せない理由を知り、日々の練習をより音楽的にして行きましょう!
もくじ

こんな方の助けになります
良くなったのかどうかわからない
普段、音出しのときに
「この音域はいつもこんな音が出る」
そう思い込んでしまい、実際にその時にどんな音が出ているか、吹き心地はどうなのか、全然注意していないケースは意外に多いもの。
楽器の構造上の都合で吹きにくい音域というのはもちろんありますが、人間の身体も、気候など周りの条件も、必ず毎回全く同じなんてことはまずありません。
生きていれば元気いっぱいの時も風邪気味の時もあるのが当然です。

そんな大きな変化ではなくても、お腹が空いている時と満腹の時だけでも条件は違っているでしょう。
部屋に自分しかいないのか他にも誰かいるのかどうかでも、気温や湿度の変化はありますし、吸音の具合も変わります。
そういう微細な変化に気づくためには、毎回音を出す度に「今のこのスペースではどんな音がするかな?」と音質や吹き心地などをいつも気にすること。
そうすると、だんだん些細な音の変化に気がつくようになっていくものです。
とはいえどうしても音の変化がわからないという方も少なくありません。
例えば
・お仲間に無理やり誘われてレッスンには行ったけれど、あまり変化に興味のない場合
・本当はわかってるけど、今の自分に満足していないために「わかりません」と言ってしまうケース
・音を注意して聴く習慣がないために、実際に違いが聴き取れていないケース
など、明らかに音が変わったのに自分ではわからないということもよくあります。
本人が変化に興味がない場合はさておき、向上したいと思っていながら変化について正しく認識できないのは、もったいないだけでなく上達を阻害する原因になります。
そういう場合、周りで客観的に聴いている仲間にどうだったか尋ねてみると参考になります。
誰しも他人のことについては客観的になれるものですから。
また音に対する注意力と同じく、吹き心地など身体の変化についても同じことが言えるでしょう。
無頓着でいることが習慣になっていると、吹きやすくなったり吹きにくくなったりという変化に気がつかないことも少なくありません。
せっかく練習したりレッスンを受けたりして変化を起こそうとしているのに、その結果が自分で判断できなければどうでしょうか。
それではチャレンジが上手くいったのか、他の選択肢を試してみる必要があるのかを考えられません。
それって時間も労力も、かなりもったいないことですよね。
一人で練習をするときにも、音を出すごとに音や身体にどんな変化があるのかを自分で観察できると、上達は速くなるし練習が楽しくなりますよ!
変化について正しく認識できること、これがソルフェージュ力があると言うことです。
楽器に頼った当てずっぽうな音
「ソルフェージュって歌のレッスンのこと?」というご質問をたまにいただきます。
歌も下手よりは上手の方が良いのかもしれませんが、わたしたち管楽器プレーヤーは歌うことにはあまり興味がありませんよね。
そして当然ながらソルフェージュは歌が上手になることが目的ではなく、自分の専門の楽器で思ったように演奏できるようになることが目的です。
とはいえ実際にレッスンでは聴き取りやリズム練習の他に、やはり歌ってみるトレーニングも行います。

それはなぜかというと、ある程度楽器を吹いていた経験のある人は、音の高さを楽器に依存して出してしまうことが多いから。
どんな高さの音なのかを実は頭ではよくわかっていないけれど、とりあえず決まった指とアンブシュアでなんとなく出せてしまう、そういうことはありがちです。
「出せるならそれで良いじゃないか」と思うかもしれませんが、そんなことはありません。
運指とアンブシュアだけで出した《イメージ》の無い音、それは本当に思った通りの出したかった音でしょうか。
音が出てから「あれ、この高さだったっけ」と思ったのではありませんか?
また、音の高さをイメージせずに音の硬さ柔らかさ、スピード感、ニュアンスや表情、そういうものが具体的にイメージできるでしょうか?
言葉で表現するのではなく、明確な音そのものとしてのイメージです。
誰かの出した音を思い出すことはできるかもしれませんが、まだ聴いていない自分の出す理想の音が明確に思い描けるでしょうか。
それがとても難しいのは、言葉を使わずに哲学的な思考の掘り下げがしにくいのと同じです。
実際に演奏を聴いてみても、どんな音を出したいかという意図の無い音は、あやふやで何をしたいのかわからない当てずっぽうに聴こえます。
たとえば試しに普段楽器で吹いている短い音形を声で歌ってみましょう。
きっと思った通り正確に表現するのは意外に難しいことに気付くはず。
出したい音がどんな音なのかをはっきりイメージできるようにすることと、そのイメージを洗練させていくのが視唱という歌ってみるレッスンの目的です。
これは絶対音感ではなく、アンサンブルに必要な聴こえた音の微細な明暗などのニュアンスに反応するためのスキルです。
声の質や喉のコントロールなどではなく、頭の中の音を調律していく作業なので、歌を上手にするためのレッスンに似てはいるけれど全く別物なのです。
だから逆に歌が上手になりたい方は、ソルフェージュ講師ではなく歌の先生にレッスンしてもらうのがオススメです。
もしも音の高さを楽器に頼っていることに気づいたら、ソルフェージュをきちんと学ぶとより音楽的な演奏が可能になって行きますよ。
音程リズムが気になる程度の耳
コンサートを聴きに行った時、「音程やリズムが合ってない」と感じてしまうことはあるでしょうか。
または
「俺にはこれが聞こえている」
「この違いがわかる自分スゴイ!」
そんな風に音程リズムのズレを気にしてばかりいる人に出会ったことはありませんか?

音程とリズムのズレが気になって他のことが聴けない、それは本当は大した耳を持っていない証拠でしょう。
もしも音程とリズムのことが気になってしまって音楽の流れがどうなってるかなどに耳が向かなかったとしたら、それがその人の耳のレベルです。
もちろん音程もリズムも、無駄にズレているよりは合ってる方が良いのは間違いありません。
ですが、音楽には音程とリズム以外にもたくさんの要素があります。
・ニュアンスの変化
・テンポ感
・リズム表現の仕方
・全体を通してみたストーリー性
そういうたくさんの要素に目が向かないということは、それらを聴くことが出来ない程度の耳だということ。
つまり音楽の大部分が聴こえていないということです。

いくら頭ではソルフェージュや音楽理論や演奏するための技術を知ったとしても、聴くときには音程とリズムだけにとらわれて表現されるべき心や音楽の本質に目を向けられなくなる。
音楽自体から乖離して本末転倒になってしまうケース、実は結構起こりがちです。
だから「基礎は不要」と考えるのは短絡的すぎますが、何のために音楽理論やスキルを身に付けたいのかを忘れてしまうのは危険かもしれません。
音楽理論やスキルを一通り学んではいる。
でも実際に『自分の音楽体験をより良くする』という、そもそもの大きな目的が達成できていない。
そんな方には、理論と実践が結びつけられたレッスンをおすすめします。
合わない・合わせたい
チューナーでハーモニーが合わない理由
オーケストラや吹奏楽、アンサンブルなどで和音を合わせるとき、どんな風に合わせているでしょうか。
まずユニゾン(同じ音のパート同士)は合っておきたいですが、ハモっている音程もありますよね。
そういうとき、チューナーを見ながら全員がぴったり真ん中になるように合わせたらどうなるでしょう?

実はこれ、濁った響きになるのです。
チューナーでぴったり真ん中ということは、オクターブを半音ずつ12個に均等に割った音程(平均律)になります。
でも、自然の倍音で本当に合う共鳴する音程というのは、オクターブの均等割りではなく少し歪んでいるのです。
どう歪んでいるのかは楽典をきちんと学んでいればわかりますが、そこまでわかっていなくても演奏はできるので大丈夫。
その歪みを意外と簡単に感じられる実験があるので一緒にやってみましょう!
ハミング実験
ピアノでドとソを鳴らしながらミを声のハミングで入れてみて、濁りのないぴったりなところを探してみます。

ピアノがなければスマホのアプリなどでも良いですよ!
濁りというのは音のうねりのこと。
うねりの無くなるポイント、それは自然の倍音に溶け込んだ響きの澄んだ音程です。
それが見つかったら、今度はピアノでミを声に重ねて弾いてみます。
そうすると・・・ずれていますよね?
ハミングのミとピアノのミは違ったはず。
ピアノの音がどうして自然の倍音通りに並んでないかというと、管弦楽器のようにその場で調律を微調整できないからです。
自然の倍音は調によって少しずつ違います。
だからどの調のときも「それなりに」合うように、あらかじめ均等に濁りを分配して折り合いをつけようとしたのが、ピアノなど音程の微調整ができない楽器で使われる音の並び方。
それを平均律といいます。
チューナーのメーターは演奏する曲がどんな調でも使えるように平均律で作られています。
反対に管弦楽器で濁りのない和音を作り出せる音の並び方は純正律といいます。
純正律の音の並びには細かい規則がありますが、気温や残響など外部要因による影響をコントロールする必要がある演奏中に、理論をこねくり回すのはややこしすぎて実質不可能。
だから結局現場では奏者が耳を使って、純正律になるように合わせることになります。
それにせっかく打ち込み音源ではなく、その場で微調整ができて澄んだ純正な和音が作れる楽器を自分で演奏するのなら、チューナー任せにするのではなく自分の耳を使ってハーモニーを合わせたいものですね。
合っているときの聴こえ方
「周りに合わせよう!」そう思って吹いている時、音が合ったらどんな風に聴こえるのかイメージを具体的に持っていますか?
《響いている・合っているというのは、その音が周りのハーモニーに沈んで消えたように感じること》
そんな言葉で音が合っている様子を表現されることがあります。

これって実際に聴き比べてみるとよく分かるでしょう。
周りがうるさくてかき消されているのとは全然違います。
周りの音に違和感なく溶け込んでハーモニーを作っていると、しっかり吹いているのに全体の音に飲み込まれて自分の音が聴こえないような気がしてくることがあるのです。
オーケストラの管楽器のように『各楽器がソリスト』という状況ではなく、大きな編成の厚いtuttiパートで、自分と同じ音やオクターブ違いの音もたくさんあるようなときは特に顕著にそれを感じられるかもしれません。
合奏全体がひとつのハーモニーを作っているときに、自分の音だけ浮き上がって際立って聴こえたら?
それはズレているということ。
もちろんソリストとしてわざと周りから浮き上がらせる、という吹き方もあるので悪いことではありません。
使いどころや意図によっては、ズラし浮き立たせ際立たせるのも大切で有効なテクニックであり、沈み込んで溶け合うことができるのも当然ひとつのテクニックです。
あなたは自分の音がどうなっているのかを気にして聴きたがるあまり、無意識に周りから浮き立たせてズレを作ってしまう傾向はありませんか?
自分の音が浮き上がって聴こえている方が良い場面とそうでない場面があるということ、知っておくと役に立ちますよ。
ソルフェージュが出来ると
楽譜を分析する暇がないときに
楽譜の中で明るい部分と少し陰りのある色合いの部分など、演奏していると雰囲気が変わるなと感じる部分ってありますよね。
そんな時に楽譜を分析してみれば、鳴っているハーモニーが違ってはいることにすぐに気が付くでしょう。
とはいえ、そのように楽譜全体を分析するというのは、指揮者や専門家でないとハードルが高いかもしれません。
そんな場合はいちいちスコアを開いて見なくても、耳で聴いて和音の明るい暗いの違いを聴き分るスキルがあるとすごく便利です。

たとえばドミソの和音、ピアノかハーモニーディレクターかスマホのアプリか何かで鳴らして聴いてみましょう。
明るいか暗いか感じられますか?
この和音は明るい和音に分類される長三和音です。
ではドミラの和音はどうでしょう。
演奏のための耳の使い方は、頭で考えるだけでは身につかないので実際に聴いてみてくださいね。
このドミラの和音は暗い和音に分類される短三和音です。
そんな風に、楽譜を見なくても聴いた時の印象で和音を判断していくことも出来ます。
耳の精度が上がっていると、明るいフレーズの中で一瞬だけ登場する陰りのある和音や、短調のハーモニーの中に一つだけ明るい色合いが混じり込んでいるドミナントの役割の和音など見つけることが出来ます。
つまりどの和音がどんな雰囲気や印象を作っているのかを、耳で聴いて判断出来るのです。
そうするとただ単に雰囲気で「全体が明るい・暗い」と思ってる時とは、演奏の仕方や音色の作り方も変化させたくなるでしょう。
これはぼんやり聴いていて何となくの印象でわかるものではありません。
ソルフェージュなどちゃんと聴き分けるためのトレーニングを行なっていることが活きてきます。
もしも「簡単にわかったよ!」という方はシレソの和音やシミソの和音はどうでしょうか。
色々試してみると面白いですね!
聴き分けられたらいちいちスコアを開かなくても分析が出来て便利なので、ぜひたくさんの和音を作って聴き分けてみてくださいね。
目立たせる吹き方と隠れるための吹き方
合っている音の聴こえ方は実は音程だけでなく、倍音や音質も関係しています。
チューナーで測ったらピッタリ同じ音程に見えたとしても、何となく目立って聴こえる音ってありますよね。
・周りから比べて立ち上がりが速かったり
・高い倍音を強調していたり
という要素は際立って聴こえる原因になり得ます。

逆に「隠れてこっそり吹こう」「絶対に飛び出さずに1stパートの演奏に付けよう!」と思っている時には、
・少し柔らかめの発音にしたり
・ほんのちょっと暗めの音程にしたり
・低い倍音をたくさん使ったり
という操作を行います。
こんな書き方をするとすごく高度な話のようですが、みなさん結構無意識でやっているものですよ。
「周りを引っ張っていこう!」と思ってる人は潔く音を出すし、「ちょっとここは自信がないからこっそりしていよう・・」と思ってる人は恐る恐るそうっと発音していますよね。
それは本人の意図の通りにばっちりコントロール出来ているとも言えます。
もしも自分の意図としてはハッキリ発音したいと思ってるのになぜかモサッとしてしまう、反対に柔らかい音にしたいのにキツく聴こえてしまう。
そんな場合は変えることが出来る要素に
・息の量
・吹込みのスピード
・身体への振動の伝え方
というような要素があります。
それによって倍音の含み方や音の立ち上がり方を変化させられるのです。
これを知っておくと、合って聴かせたい時とズラして目立ちたい時それぞれで、意図的に奏法のコントロールが出来るようになりますよ。
経験を積んだ今だからこそ
年齢を重ねると増える強み
楽器演奏は早く始めたほどが有利だと思われがちですが、実は若いだけが演奏に有利なわけではないのです。
演奏というのは、楽譜に書いてあることの意味を自分の想像力を使って読み取り、それを再現する作業です。
「これはどんな場面かな?」
「どんな登場人物だろう」
「いつ・どこで・何をしている情景かな?」
など想像するのは楽しいもの。
そのように様々な場面や情景や心情をイメージするバリエーションを増やすために役に立つのは、様々なものごとを見たり感じたりした経験と記憶。

あちこちに旅行した思い出や、絵画や建物を見た記憶、たくさんの人間関係や恋愛の経験。
そういうものがあるからこそ、共感する力やイメージする力が豊かになるのです。
身体の運動機能は、年齢とともに落ちてしまうかもしれません。
ですが若くないからこそ出てくる発想やアイデアは、年齢を重ねても減ることがないどころか、むしろどんどん増えていきます。
これは大人奏者の確かな強みです!
例えば、若いときにはスーパーテクニックで知られた名奏者も、晩年には円熟した演奏を聴かせてくれたりしますよね。
これから人生経験を積んでいく若い世代のプレーヤーに、「こんな世界もあるんだよ」というビジョンを見せてあげられたら素敵じゃないですか?
曲芸のようなすごいテクニックを見せる曲ばかりではなく、そういう面でずっと進化し続けていけたら理想的ですね。
基礎はなくても楽しければ良い
音楽の基礎と言われると、楽器に触る前に何か修行のようなことをしなければならないというイメージを抱きませんか?
そう思うとしたら、「基礎は無いけれど今はそれなりに楽しく演奏できてるし、まあ別にいいや」と感じてしまうのも不思議ではないでしょう。
音楽の基礎になるソルフェージュや楽典とか身体と心のことは、楽器を使って音を出すのに比べたら確かに地味な作業です。
音楽を何もやったことのない全くの初心者がチャレンジして楽しいと感じるようなことではない、というのは確かでしょう。
だからわたしは個人的には音楽の基礎スキルを身につける前に音楽の楽しさを知ることは大切だと思います。

むしろ今までたくさん演奏してきて「もっと何かやりたい」「今よりもう一歩進んでみたい」そんな風に音楽の魅力にすでに虜になってる人の方が、基礎スキルを求めたい気持ちになるのではないでしょうか。
基礎知識がなければ楽器を触らせてもらえないとしたら、きっとほとんどの人が音楽が楽しいと感じる前にうんざりしてしまうでしょう。
でも私たち大人はそれまでにある程度演奏してきて音楽の楽しさを知っています。
そういう経験を持った上で、今よりもっとその楽しさを大きくしたいと思ってる方にとっては、基礎の学びはとんでもなく面白いエンターテイメントです。
基礎を学ぶのが面白いと感じないのなら、今はまだそれほど上達に興味が湧いていない段階でしょう。
良いとか悪いとかではありません。
そういう人にとって今取り組むべきは、基礎スキルのアップではなく、単純に楽しさを味わって音楽を好きになること。
基礎のスキルや知識は音楽の土台ではあるけれど、実はそれ自体が喜びに満ちている面白いことです。
レッスンや講座ではそれを味わいたい方を歓迎していますよ!

